2009年06月18日
2009年06月10日
光跡
この画像、説明しないと絶対にわからないはずである。
実はこのわずかな光の跡は蛍の光なのである。
しかし、蛍の光を撮影するのは難しい。
なんせ暗くてピントの合わせようがないものであるから。
まあ技術不足ということでまたの機会を作って蛍の光跡が撮影できるように努力しよう。
さて、この蛍であるが、きれいな水にいる生物との印象が強い。
もちろんある程度の水の綺麗さは必要であろう。
しかし、蛍の生息場所というのは本来人里に近い場所であった。
戦後、開発や農薬の散布、コンクリート張りの河川や用水路、そして生活排水などによって減ってきたのである。
メダカもそう、ドジョウもそう、人となじみの深いはずの生物はほとんど見なくなった。
日本人は本来自然と共存してきたはずである。
今はエコとか言われているが、戦後教育によって蔑まれてきた古き良き日本のほうがよっぽどかエコ、いやエコそのものであったと思う。
便利さばかり追求する社会は崩壊する。
もうその時期はやってきている。
もう一度蛍が乱舞する人里が増えてもよいだろう。
そうするには現代を生き抜く人々が壊してきたものの倍以上の努力が必要となるのであるが。
2009年05月31日
空木と谷空木
この時期の沢沿いによく咲いているのがウツギ。

幹が空洞になっているから「空木」と書き、また「卯の花」とも呼ばれている。
そして同じような沢沿いなどに咲く桃色の花はタニウツギという花。

しかしこれらの花は「ウツギ」と名が付くが、まったく別の植物なのである。
ウツギはユキノシタ科であり、タニウツギはスイカズラ科の植物。
よくこれらは混同されるのだが、本物のウツギは白い花のほうなのであった。

幹が空洞になっているから「空木」と書き、また「卯の花」とも呼ばれている。
そして同じような沢沿いなどに咲く桃色の花はタニウツギという花。
しかしこれらの花は「ウツギ」と名が付くが、まったく別の植物なのである。
ウツギはユキノシタ科であり、タニウツギはスイカズラ科の植物。
よくこれらは混同されるのだが、本物のウツギは白い花のほうなのであった。
2009年05月30日
花独活
この時期、木津川の河原の草むらから頭を突き出すように咲いている存在感のある花がある。

この花は以前、通勤途中によく見たのだが、「ハナウド」という花と知ったのは去年のことである。

ハナウドは「ウド」と名がつくがウド(ウコギ科)とは違ったもので、セリ科の多年草である。
草丈は2メートル近くなるため、その花の大きさといい凛とした存在感がある草だ。

この花が群生して咲いている様はなかなかのもの。
本来ならばどこの河原や土手などにも咲いていたのであろうが、おそらく草刈りや外来種の浸食によって少なくなっていったのであろう。
木津川の河原の群生地には、刈られないためであろうか誰かがロープを張りこの花を守っていた。
そのおかげか、今年はよくこのハナウドが咲いているように思う。
この花は以前、通勤途中によく見たのだが、「ハナウド」という花と知ったのは去年のことである。
ハナウドは「ウド」と名がつくがウド(ウコギ科)とは違ったもので、セリ科の多年草である。
草丈は2メートル近くなるため、その花の大きさといい凛とした存在感がある草だ。
この花が群生して咲いている様はなかなかのもの。
本来ならばどこの河原や土手などにも咲いていたのであろうが、おそらく草刈りや外来種の浸食によって少なくなっていったのであろう。
木津川の河原の群生地には、刈られないためであろうか誰かがロープを張りこの花を守っていた。
そのおかげか、今年はよくこのハナウドが咲いているように思う。
2009年04月29日
染井吉野はあんまり
桜の時期も完全に終わった。
山々に自生する遅咲きの山桜もやっと終わり、今度は山藤が淡い紫の滴を山に被せてゆく。

日本を代表する花である桜。
そしてその中でももっとも一般的な桜はソメイヨシノであろう。
日本人の中ではこのソメイヨシノをこよなく愛し、また花見を楽しむ人たちも多い。
しかし、実は私はこのソメイヨシノがあまり好きではないのである。
別に嫌いというわけではない。
飽きてしまったのかもしれない。

だいたい桜という木に対してあまりいい印象がない。
桜は大きく場所をとり、枝を切れば殺菌剤を塗らなければそこから腐るのではびこり(桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿)、またソメイヨシノなどは大きくしなければ見ごたえがない。
ソメイヨシノは寿命が比較的短い。
そして虫がやたらとつくので薬を撒かなければならない。
花見の会場となるようなところには必ず翌朝ゴミだらけとなる。
まあ、どちらかといえば管理面が大変な木でもある。
そんな管理上のことからも桜、特にソメイヨシノに対してあまりいい印象がないのかもしれない。
それに比べてヤマザクラはとても好きなのである。

街中にあるソメイヨシノ十本よりも、新緑の山にポツリと咲き誇る一本のヤマザクラのほうがよっぽどか深遠な美しさを感じる。
いつも桜の時期は山々を遠くから眺めてヤマザクラを楽しんでいる。
そしてヤマザクラは花と同時に芽吹き、またこの芽吹きも美しい。

ヤマザクラはソメイヨシノに比べてより玄人好みなのかもしれない。(悪く言えばマニアックということか)
さんざんソメイヨシノに対して否定的なことを書いてしまったが、何度も言うように決して嫌いなわけではない。
最後に、今年行ってきた比較的有名でない桜の名所の写真を貼っておこう。

京都府井出町にある玉川である。
ここは桜の名所というよりは、山吹の名所として有名であろう。

青空と澄んだ水、そしてソメイヨシノの桜吹雪と山吹の高貴な色が素晴らしかった。
山々に自生する遅咲きの山桜もやっと終わり、今度は山藤が淡い紫の滴を山に被せてゆく。
日本を代表する花である桜。
そしてその中でももっとも一般的な桜はソメイヨシノであろう。
日本人の中ではこのソメイヨシノをこよなく愛し、また花見を楽しむ人たちも多い。
しかし、実は私はこのソメイヨシノがあまり好きではないのである。
別に嫌いというわけではない。
飽きてしまったのかもしれない。
だいたい桜という木に対してあまりいい印象がない。
桜は大きく場所をとり、枝を切れば殺菌剤を塗らなければそこから腐るのではびこり(桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿)、またソメイヨシノなどは大きくしなければ見ごたえがない。
ソメイヨシノは寿命が比較的短い。
そして虫がやたらとつくので薬を撒かなければならない。
花見の会場となるようなところには必ず翌朝ゴミだらけとなる。
まあ、どちらかといえば管理面が大変な木でもある。
そんな管理上のことからも桜、特にソメイヨシノに対してあまりいい印象がないのかもしれない。
それに比べてヤマザクラはとても好きなのである。
街中にあるソメイヨシノ十本よりも、新緑の山にポツリと咲き誇る一本のヤマザクラのほうがよっぽどか深遠な美しさを感じる。
いつも桜の時期は山々を遠くから眺めてヤマザクラを楽しんでいる。
そしてヤマザクラは花と同時に芽吹き、またこの芽吹きも美しい。
ヤマザクラはソメイヨシノに比べてより玄人好みなのかもしれない。(悪く言えばマニアックということか)
さんざんソメイヨシノに対して否定的なことを書いてしまったが、何度も言うように決して嫌いなわけではない。
最後に、今年行ってきた比較的有名でない桜の名所の写真を貼っておこう。
京都府井出町にある玉川である。
ここは桜の名所というよりは、山吹の名所として有名であろう。
青空と澄んだ水、そしてソメイヨシノの桜吹雪と山吹の高貴な色が素晴らしかった。
2009年04月28日
なみき鍼灸整骨院

今年の4月1日、京阪くずは駅の近くに新しい整骨院が開院した。
その名は「なみき鍼灸整骨院」。地図はこちら
せっかくなので、保険証を持ってさっそく行ってきたのである。
まず入ってすぐに感じたことは、待合室からすべて琉球畳が敷かれているということ。
これは病院のスリッパが嫌いな人も多いため、かなりポイントが高い。
そして何よりリラックスできる空間であることを物語っている。
院長は東方祐介先生。
実際に施術を受けてみたのだが、とても親切で丁寧な印象を受けた。
整骨院などはどうしても流れ作業的になってしまうことが多いらしいが、ここはまったくそんなことは感じられなかった。
そしてスタッフのみなさんもとても感じがよい。
私はかなりの病院嫌いであるが、このような東洋医学を主とした鍼灸整骨院は好きであり、ここには何度でも通いたくなったのであった。
診療時間:月、火、水、金 8:00~12:00 16:30~20:00 木、土 8:00~13:00
〒571-1121
大阪府枚方市楠葉花園町3-15
電話:072-396-6973
※鍼灸については事前予約のみ対応
2009年03月25日
椎尾神社にて
京都府との境に位置する大阪府島本町山崎の椎尾神社。
この神社はサントリー山崎工場に隣接した場所に鎮座している。
この神社の境内には様々な花が咲くのであるが、今年は早くも山吹の花が開花した。
こんな時期に山吹の花が咲くことはなく(例年では四月中旬ぐらい)、いかに暖冬であるかあらためて驚いてしまうのである。
そして桜だけではなく、なんとシャガまで咲きだしているではないか。
スミレなどはもちろんのこと、さらにはモミジまで芽吹いてしまっている。
本当に暖冬であり、植物たちが休んでいる時間が少ないというのは何らかの影響がでてしまうのかもしれない。
2009年03月17日
春の味覚 土筆
この時期になると大きな河川の堤防などにツクシがたくさん生えてくる。
この春の味覚を私はビニール袋片手に収穫しに行く。
そしてハカマを丁寧に取り除き料理する。
砂糖、醤油で味付けをし佃煮風にした。
ほんの少しだけホロ苦い美味しいツクシの佃煮に酒がすすんだのであった。
そういえば、去年は遍路途中にこのツクシを摘んで貴重なおかずにしたことがあった。
http://junrei.buzzlog.jp/e71241.html
http://junrei.buzzlog.jp/e71291.html
2009年03月14日
猪ラーメン
先日、滋賀県の信楽に向かう途中の国道307号線沿いで、「猪ラーメン」という看板を掲げた屋台風の店があったので入ってみることにした。
店の中はかなりハンドメイドな仮説風であり、雨漏りも激しい。
それもそのはず、この店は昨年の秋にプレオープンしたばかりで完成していないというのだ。
もちろん猪ラーメンを注文。
出てきたのは普通のラーメンに、ソテーした猪肉が載っているというもの。
猪肉にはまったく臭みがない。
店のおばさんが猪肉をわざわざ見せてくれたが、奈良県の針のほうで獲れたという天然物で、きれいな肉だった。
信楽の近くで思わぬ珍メニューにありつくことができたのであった。
2009年01月10日
廃線跡
旧中山道を歩いているとき、赤坂宿の入り口にさしかかったところで廃線跡らしき線路が現れ、これが気になったので帰ってから調べてみた。

この線路は西濃鉄道昼飯線のものらしい。
西濃鉄道は金生山から産出される石灰石を運ぶ貨物路線らしく、旅客営業は行っていないという。
そしてこの昼飯線と市橋線があり、昼飯線は平成に入ってから営業を休止、平成18年に正式に廃止となったらしい。
ただ、いまだに線路は敷設されたままであるので、マニアックなものが好きな人たちにこのようなものはたまらないだろう。
私も思わず線路内に入ってしまいそうになったが、よいこのみなさんがマネをしたらダメなので、ここは大人としてやめておいたのであった。

この線路は西濃鉄道昼飯線のものらしい。
西濃鉄道は金生山から産出される石灰石を運ぶ貨物路線らしく、旅客営業は行っていないという。
そしてこの昼飯線と市橋線があり、昼飯線は平成に入ってから営業を休止、平成18年に正式に廃止となったらしい。
ただ、いまだに線路は敷設されたままであるので、マニアックなものが好きな人たちにこのようなものはたまらないだろう。
私も思わず線路内に入ってしまいそうになったが、よいこのみなさんがマネをしたらダメなので、ここは大人としてやめておいたのであった。
2008年05月30日
農園 杉・五兵衛
大阪府枚方市の奥地、杉地区の野山を利用した農園「杉・五兵衛」に行ってきた。
地図はこちら

なぜ、農園などにわざわざ行ったのかと言えば、ここは園内で収穫した無農薬で化学肥料の使用されていない野菜を中心とした農園料理を食べさせてくれるからだ。
さらに使用している水も地下水。
そして洗剤も使用せず、重曹やEMなどで洗い物をしている徹底ぶり。
これを目当てにあるお祝いをここでしたのである。

ここにはテラスハウスもあり、こちらは昼間だけの営業。
しかし、ここでも農園弁当などの昼食を気軽に楽しむことができる。
食事の前に、まず農園散策。
料亭などで庭園を散策することができる店はあるが、農園を散策する店はほとんどないだろう。
農園に入ると、本館までの間に非日常的な風景が広がっていた。
それはロバ牧場である。ロバが鳴いている、暴れている、そしてエサをねだりにくる。



ロバだらけで大迫力。中にはヤギもいる。
このロバは中国の山東野驢馬といい、子供が喜ぶため飼いはじめたらしいが、だんだんと頭数が多くなってきたため、ロバの糞を堆肥にする有機循環農法の原動力となっているという。
さらに園内を散策する。
この時期は花菖蒲には少し早かったが、もう咲き始めているものもあった。
広い園内には様々な農作物、果樹や山菜などが実っていて、楽しくなる。




民家風の味のある本館に入ると、待合で朝摘みのよく冷えたイチゴが出された。
形はそんなによくないが、かなり美味しい。
ここでの食事は個室が用意される。そしてその個室もそれぞれが味のある部屋なのである。





見ていただいたらわかるように、同じ6000円でもヘタな京懐石を食べるよりは、よっぽどか素晴らしい料理の数々である。
すべて丁寧に作られた美味しいもの。
これらの料理に大満足した一日であった。

なぜ、農園などにわざわざ行ったのかと言えば、ここは園内で収穫した無農薬で化学肥料の使用されていない野菜を中心とした農園料理を食べさせてくれるからだ。
さらに使用している水も地下水。
そして洗剤も使用せず、重曹やEMなどで洗い物をしている徹底ぶり。
これを目当てにあるお祝いをここでしたのである。
ここにはテラスハウスもあり、こちらは昼間だけの営業。
しかし、ここでも農園弁当などの昼食を気軽に楽しむことができる。
食事の前に、まず農園散策。
料亭などで庭園を散策することができる店はあるが、農園を散策する店はほとんどないだろう。
農園に入ると、本館までの間に非日常的な風景が広がっていた。
それはロバ牧場である。ロバが鳴いている、暴れている、そしてエサをねだりにくる。
ロバだらけで大迫力。中にはヤギもいる。
このロバは中国の山東野驢馬といい、子供が喜ぶため飼いはじめたらしいが、だんだんと頭数が多くなってきたため、ロバの糞を堆肥にする有機循環農法の原動力となっているという。
さらに園内を散策する。
この時期は花菖蒲には少し早かったが、もう咲き始めているものもあった。
広い園内には様々な農作物、果樹や山菜などが実っていて、楽しくなる。
民家風の味のある本館に入ると、待合で朝摘みのよく冷えたイチゴが出された。
形はそんなによくないが、かなり美味しい。
ここでの食事は個室が用意される。そしてその個室もそれぞれが味のある部屋なのである。
さて、お待ちかねの食事である。
今回は農園会席6000円の料理を注文。
食前酒代わりの紫蘇ジュースに、古代蓮と紅いものチップス

酒は地元枚方の酒蔵、穂谷酒造の生が用意され、この器などももちろん手作り

新タマネギのふろふき そらまめ
新タマネギは酢味噌が添えられオオバにくるんで食べる

やってきたのは本膳

味のある膳に農園の恵みを丁寧にあしらっている

どこから箸をつけようか悩むがとりあえず自家製ドレッシングのサラダを
イタドリ、ハチク、タマネギ、スナックエンドウ、さくらんぼ、そして添えられたツツジの花も食べられる

ハチクの器に盛られた木の芽和えなど
もちろんこのハチクも食べられ美味しい

ハチクに盛られていないのは、セリの白和え、フキ、エンドウ、サンショウ、地鶏のしぐれ煮風、グミなども

これは鯉の洗い、もちろん臭みなどまったくなし

天ぷらは、タラの芽、アカシアの花、そしてなんとオオバコの葉
オオバコも美味しい

本膳の次は、できたてのまだ温かい豆腐
カラシと柚子が添えられていて、ダシも用意されているが、ダシをかけなくとも豆腐の味が生きていて美味い

次は陶板焼き

和牛、ハチク、アシタバ、レタス、タマネギを、なんとホウ葉味噌でいただくのだ
さらには岩魚の塩焼き
酢でいただき、フキの葉の佃煮が添えられる

ご飯なども登場

ハチクの吸い物にはミカンの花が
ご飯は炊き込みご飯
高菜、毛馬胡瓜などの漬物

どれも素晴らしい
最後はもちろんデザート

これは女性客だけへのサービス
デザートはアイスクリームとイチゴ

濃厚なアイスクリームを食べると、中からはなんと柿シャーベットが

今回は農園会席6000円の料理を注文。
食前酒代わりの紫蘇ジュースに、古代蓮と紅いものチップス
酒は地元枚方の酒蔵、穂谷酒造の生が用意され、この器などももちろん手作り
新タマネギのふろふき そらまめ
新タマネギは酢味噌が添えられオオバにくるんで食べる
やってきたのは本膳
味のある膳に農園の恵みを丁寧にあしらっている
どこから箸をつけようか悩むがとりあえず自家製ドレッシングのサラダを
イタドリ、ハチク、タマネギ、スナックエンドウ、さくらんぼ、そして添えられたツツジの花も食べられる
ハチクの器に盛られた木の芽和えなど
もちろんこのハチクも食べられ美味しい
ハチクに盛られていないのは、セリの白和え、フキ、エンドウ、サンショウ、地鶏のしぐれ煮風、グミなども
これは鯉の洗い、もちろん臭みなどまったくなし
天ぷらは、タラの芽、アカシアの花、そしてなんとオオバコの葉
オオバコも美味しい
本膳の次は、できたてのまだ温かい豆腐
カラシと柚子が添えられていて、ダシも用意されているが、ダシをかけなくとも豆腐の味が生きていて美味い
次は陶板焼き
和牛、ハチク、アシタバ、レタス、タマネギを、なんとホウ葉味噌でいただくのだ
さらには岩魚の塩焼き
酢でいただき、フキの葉の佃煮が添えられる
ご飯なども登場
ハチクの吸い物にはミカンの花が
ご飯は炊き込みご飯
高菜、毛馬胡瓜などの漬物
どれも素晴らしい
最後はもちろんデザート
これは女性客だけへのサービス
デザートはアイスクリームとイチゴ
濃厚なアイスクリームを食べると、中からはなんと柿シャーベットが
見ていただいたらわかるように、同じ6000円でもヘタな京懐石を食べるよりは、よっぽどか素晴らしい料理の数々である。
すべて丁寧に作られた美味しいもの。
これらの料理に大満足した一日であった。
2008年05月28日
琵琶湖博物館で食事
先日、甥とじいじを連れて訪れた琵琶湖博物館。
ここは博物館でありながら、淡水魚の水族館的な展示もされていて、家族連れでも楽しむことができるのだ。
そして、昼食を食べようと入ったのは、ミュージアムレストラン「にほのうみ」。
そこで、近江御膳 (¥1,530)と、湖国御膳 (¥1,430) を注文してみた。
まさに琵琶湖からの恵みといった内容だが、このメニュー見た方は「えっ? ブラックバスやナマズの天ぷらなんて食べられるの?」 と驚くかもしれない。
実はブラックバスもナマズも白身で比較的おいしい魚であるのだ。
私は食べ比べると、ナマズのほうが美味しいと感じた。ヘタなハモ天を食べるよりは、このナマズ天を食べたほうが美味しいかもしれない。
ブラックバスも高タンパク低カロリーの食材である。

ナマズはともかく、ブラックバスやブルーギルなどはもっと食用に利用されるべきである。
他のメニューとしては、バス天丼やバスやビワマスの天ぷらうどんなども人気があるという。
琵琶湖をはじめ、全国的にブラックバスの密放流、またその繁殖による日本固有の生態系への被害はかなり深刻なものである。
それらは、自分たちの欲望のままに先人たちから受け継いできた自然を簡単に壊滅的にさせる人間、とりわけバス釣り愛好者と、釣具屋が故意に犯した過ちである。
これら密放流は悪質であり、私の前の職場の池にもブラックバスを密放流され、在来の希少なメダカが絶滅させられた。
もちろん大きなところでは、琵琶湖などで深刻な漁業被害がもたらされている。
これらは「自分たちの楽しみ」という欲望だけしか考えていない釣り人が引き起こした人災であろう。
いつも言っていることだが、人間が犯した自然破壊は、人間がその自然を元に戻さなければならない。
琵琶湖ではブラックバスなどの外来魚を釣り上げた場合の再放流を禁止している。
これが、いったいどこまで守られているだろうか。
もっと根本的に、日本の生態系を破壊する外来魚の駆除を進めるべきである。
バス釣り愛好家や、釣具屋、そしてヒステリックな動物愛護団体の言うことなど無視すべきであろう。
そんな理由からも、ブラックバスの食用利用をもっとすすめるべきだ。
きれいな水で育ったブラックバスをちゃんと処理して料理すれば、美味しい魚料理に変身する。
日本の儚い生態系を守るためにも、外来魚撲滅のための食用利用をもっとすすめるべきだと考えている。
ここは博物館でありながら、淡水魚の水族館的な展示もされていて、家族連れでも楽しむことができるのだ。
そして、昼食を食べようと入ったのは、ミュージアムレストラン「にほのうみ」。
そこで、近江御膳 (¥1,530)と、湖国御膳 (¥1,430) を注文してみた。
こちらが近江御膳

内容は、ひれかつ、バス天ぷら、炊き合わせ、鴨ロース、鰻、
ごりの佃煮、季節の御飯、吸い物、香の物
こちらは湖国御膳

内容は、子鮎の南蛮漬、ナマズ天ぷら、炊き合わせ、鴨ロース、鰻、
ごりの佃煮、季節の御飯、赤だし、香の物
内容は、ひれかつ、バス天ぷら、炊き合わせ、鴨ロース、鰻、
ごりの佃煮、季節の御飯、吸い物、香の物
こちらは湖国御膳
内容は、子鮎の南蛮漬、ナマズ天ぷら、炊き合わせ、鴨ロース、鰻、
ごりの佃煮、季節の御飯、赤だし、香の物
まさに琵琶湖からの恵みといった内容だが、このメニュー見た方は「えっ? ブラックバスやナマズの天ぷらなんて食べられるの?」 と驚くかもしれない。
実はブラックバスもナマズも白身で比較的おいしい魚であるのだ。
私は食べ比べると、ナマズのほうが美味しいと感じた。ヘタなハモ天を食べるよりは、このナマズ天を食べたほうが美味しいかもしれない。
ブラックバスも高タンパク低カロリーの食材である。
ナマズはともかく、ブラックバスやブルーギルなどはもっと食用に利用されるべきである。
他のメニューとしては、バス天丼やバスやビワマスの天ぷらうどんなども人気があるという。
琵琶湖をはじめ、全国的にブラックバスの密放流、またその繁殖による日本固有の生態系への被害はかなり深刻なものである。
それらは、自分たちの欲望のままに先人たちから受け継いできた自然を簡単に壊滅的にさせる人間、とりわけバス釣り愛好者と、釣具屋が故意に犯した過ちである。
これら密放流は悪質であり、私の前の職場の池にもブラックバスを密放流され、在来の希少なメダカが絶滅させられた。
もちろん大きなところでは、琵琶湖などで深刻な漁業被害がもたらされている。
これらは「自分たちの楽しみ」という欲望だけしか考えていない釣り人が引き起こした人災であろう。
いつも言っていることだが、人間が犯した自然破壊は、人間がその自然を元に戻さなければならない。
琵琶湖ではブラックバスなどの外来魚を釣り上げた場合の再放流を禁止している。
これが、いったいどこまで守られているだろうか。
もっと根本的に、日本の生態系を破壊する外来魚の駆除を進めるべきである。
バス釣り愛好家や、釣具屋、そしてヒステリックな動物愛護団体の言うことなど無視すべきであろう。
そんな理由からも、ブラックバスの食用利用をもっとすすめるべきだ。
きれいな水で育ったブラックバスをちゃんと処理して料理すれば、美味しい魚料理に変身する。
日本の儚い生態系を守るためにも、外来魚撲滅のための食用利用をもっとすすめるべきだと考えている。
2008年04月30日
水戸のコクチョウ
一週間ちょっと前、水戸のビジネスホテルの窓から千波湖を眺めていると、コクチョウの親子がいた。
のどかに朝の光を浴びながらコクチョウの親子は遊んでいるようだった。
水戸の人たちは、こののどかな風景を微笑ましく眺めながらコクチョウ親子と共存しているのだろう、とその時は思った。

しかし、このコクチョウやハクチョウたちがたくさん殺され、無残な姿となって見つかったというニュースが流れた。
人間という動物が生きている限りは、このような悪質なことはたまに起こる。
子供たちが飼育しているウサギが殺されたり、キレイな花をつけたチューリップが切られたり、常識では考えられないことがよく起こる。
そんなことは人間という動物が絶滅でもしない限り、なくなることはない。
人間は賢いようで、とてつもなく馬鹿な動物だ。
そんな人間を少しはマシにするのが、「教育」や「宗教」であるのかもしれないが、それらの質や教育者や宗教者が悪くなってしまったら逆にどうしようもない方向に向かうこともある。
このところ、特に遍路を歩いてからつくづく自分を含めた人間という動物に失望をしている。
のどかに朝の光を浴びながらコクチョウの親子は遊んでいるようだった。
水戸の人たちは、こののどかな風景を微笑ましく眺めながらコクチョウ親子と共存しているのだろう、とその時は思った。
しかし、このコクチョウやハクチョウたちがたくさん殺され、無残な姿となって見つかったというニュースが流れた。
人間という動物が生きている限りは、このような悪質なことはたまに起こる。
子供たちが飼育しているウサギが殺されたり、キレイな花をつけたチューリップが切られたり、常識では考えられないことがよく起こる。
そんなことは人間という動物が絶滅でもしない限り、なくなることはない。
人間は賢いようで、とてつもなく馬鹿な動物だ。
そんな人間を少しはマシにするのが、「教育」や「宗教」であるのかもしれないが、それらの質や教育者や宗教者が悪くなってしまったら逆にどうしようもない方向に向かうこともある。
このところ、特に遍路を歩いてからつくづく自分を含めた人間という動物に失望をしている。
2008年04月19日
宿坊での食事
四国遍路を終えた者は、高野山へお参りするという慣わしがある。
私は長い四国を終え、一度京都に戻ってからあらためて高野山へお参りすることにした。
そして、今回高野山では宿坊に一泊させていただくことにしたのである。
数多い高野山の宿坊の中から選んだのは、こちらの宿坊である。(詳しくはこちらへ→http://junrei.buzzlog.jp/)

小奇麗な部屋に通されると、普通の旅館ようにお茶とお菓子が用意されていた。


四国の宿坊では刺身などの普通の料理が出されたりするのであるが、ここは高野山、さすがに出される料理は精進料理である。
これを楽しみに宿坊に泊まるようなものである。(いや、他にも朝の勤行や阿字観体験などを経験させていただくため宿坊に泊まったのであるが)
さっそく夕食をいただく。



私が選んだ宿泊プランは11000円の1割引、夕食の料理は二ノ膳まで用意されている。
湯豆腐

高野山なので高野豆腐(関東以北では凍み豆腐と呼ばれる)の炊き合わせ

胡麻豆腐

天麩羅

揚げ茄子の木の芽味噌和えなど

もずく

香の物

とろろ蕎麦、よもぎ団子、果物

朝食の膳

飛龍頭

肉のしぐれ煮風

香の物

味噌汁

精進料理は肉や魚や卵、そしてニンニクやネギなどは一切使えないため、味に誤魔化しがあまり効かない。
そして作るのにけっこう手間がかかるのである。
そう考えると、精進料理とはかなり洗練された料理であると言えよう。
もちろんこれらの宿坊の食事に、私は大満足したのであった。
ついでに、宿泊者には御札と長寿箸がいただけ、またインターネットから予約した宿泊者には瞑想のCDか御守りがいただけるのであった。


高野山に行かれるときは宿坊に宿泊されることをおすすめする。
精進料理だけではなく、朝夕の勤行など日常ではあまり体験できないことを楽しむのもいいだろう。
私は長い四国を終え、一度京都に戻ってからあらためて高野山へお参りすることにした。
そして、今回高野山では宿坊に一泊させていただくことにしたのである。
数多い高野山の宿坊の中から選んだのは、こちらの宿坊である。(詳しくはこちらへ→http://junrei.buzzlog.jp/)
小奇麗な部屋に通されると、普通の旅館ようにお茶とお菓子が用意されていた。
四国の宿坊では刺身などの普通の料理が出されたりするのであるが、ここは高野山、さすがに出される料理は精進料理である。
これを楽しみに宿坊に泊まるようなものである。(いや、他にも朝の勤行や阿字観体験などを経験させていただくため宿坊に泊まったのであるが)
さっそく夕食をいただく。
私が選んだ宿泊プランは11000円の1割引、夕食の料理は二ノ膳まで用意されている。
湯豆腐
高野山なので高野豆腐(関東以北では凍み豆腐と呼ばれる)の炊き合わせ
胡麻豆腐
天麩羅
揚げ茄子の木の芽味噌和えなど
もずく
香の物
とろろ蕎麦、よもぎ団子、果物
朝食の膳
飛龍頭
肉のしぐれ煮風
香の物
味噌汁
精進料理は肉や魚や卵、そしてニンニクやネギなどは一切使えないため、味に誤魔化しがあまり効かない。
そして作るのにけっこう手間がかかるのである。
そう考えると、精進料理とはかなり洗練された料理であると言えよう。
もちろんこれらの宿坊の食事に、私は大満足したのであった。
ついでに、宿泊者には御札と長寿箸がいただけ、またインターネットから予約した宿泊者には瞑想のCDか御守りがいただけるのであった。
高野山に行かれるときは宿坊に宿泊されることをおすすめする。
精進料理だけではなく、朝夕の勤行など日常ではあまり体験できないことを楽しむのもいいだろう。
2008年03月23日
遍路はお休み
遍路をお休みにして道後温泉などを堪能する。
いくら貧乏遍路とはいえ、さすがに道後温泉を素通りするわけにはいかない。
写真は道後温泉本館・霊の湯二階席。
湯上がりに浴衣で座敷の窓際にて涼む。
遍路途中では考えられないくつろぎの贅沢な時間である。
2008年03月12日
2008年03月01日
洋食の店 「やをりき」
京阪本線橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」、駅の改札口からわずか徒歩三秒という場所にこの店はある。
地図はこちら

この店は雰囲気が素晴らしい。
外観は比較的新しくなっているが、味のある看板などはそのままである。

橋本駅の周辺はとても静かなので、この店も外から見ると営業をしているのかわからない、または入り辛いという声もあるが、暖簾がかかっているときは営業をしているのだ。(日曜定休)
少しこれまた味のある扉を押して中に入ると、懐かしさ溢れる、いや、懐かしいを通り越して穏やかに印象に残る落ち着いた店内がそこには広がるのである。

現在は三代目にあたるというおばあさんが、一人で店を頑張ってやっている。
メニューにも懐かしさが感じられる。

私たちはチキンライスとヤキメシ、トンカツとビールを注文した。

ここの食事はおばあさんが丁寧にその場で作ってくれる懐かしい味。
ソースも手作りであるため、ほんのりと香る味がたまらない。
実はこの店、昭和のはじめ頃からあるのだが、その時は二階がカフェーで、一階は洋食屋であったらしい。当時としてはかなりハイカラな店であったようだ。

その名残を残しているのは一階だけではあるが、そこには先々代から受け継がれた内装と大きな大きな時計が壁にかかっている。

おばあさんはいろいろなことを教えてくれた。
遊郭があったときは大賑わいであったこと、赤線廃止で遊郭がなくなったあとも比較的大きな会社があったため忙しかったらしいが、それもなくなったため今は暇で、老人の集会所となっているという。
店の中の大きな鏡には「清酒」と文字が戦前のように右から書かれている。
棚の小さな鏡にも、右から書かれた「アサヒビール」の文字が、松竹梅の一升瓶にはコルク栓と、骨董品がかなり多い。
それでもおばあさんは、「よう売ってくれと言われますけど、おじいさんから大事に受け継いだものやから私が生きてる間は売りませんねん」と店とともに守っている。

風情ある橋本の街並みは保存されるどころか、古い建物などに対しての保護はまったく対策がされていない。
この日も素晴らしい建築物があった場所が、取り壊されているのを見かけた。
どんどん素晴らしい古い建物がなくなっていく橋本で、この店はこのままいつまでも続けてほしいものである。
この店は雰囲気が素晴らしい。
外観は比較的新しくなっているが、味のある看板などはそのままである。
橋本駅の周辺はとても静かなので、この店も外から見ると営業をしているのかわからない、または入り辛いという声もあるが、暖簾がかかっているときは営業をしているのだ。(日曜定休)
少しこれまた味のある扉を押して中に入ると、懐かしさ溢れる、いや、懐かしいを通り越して穏やかに印象に残る落ち着いた店内がそこには広がるのである。
現在は三代目にあたるというおばあさんが、一人で店を頑張ってやっている。
メニューにも懐かしさが感じられる。
私たちはチキンライスとヤキメシ、トンカツとビールを注文した。
ここの食事はおばあさんが丁寧にその場で作ってくれる懐かしい味。
ソースも手作りであるため、ほんのりと香る味がたまらない。
実はこの店、昭和のはじめ頃からあるのだが、その時は二階がカフェーで、一階は洋食屋であったらしい。当時としてはかなりハイカラな店であったようだ。
その名残を残しているのは一階だけではあるが、そこには先々代から受け継がれた内装と大きな大きな時計が壁にかかっている。
おばあさんはいろいろなことを教えてくれた。
遊郭があったときは大賑わいであったこと、赤線廃止で遊郭がなくなったあとも比較的大きな会社があったため忙しかったらしいが、それもなくなったため今は暇で、老人の集会所となっているという。
棚の小さな鏡にも、右から書かれた「アサヒビール」の文字が、松竹梅の一升瓶にはコルク栓と、骨董品がかなり多い。
それでもおばあさんは、「よう売ってくれと言われますけど、おじいさんから大事に受け継いだものやから私が生きてる間は売りませんねん」と店とともに守っている。
風情ある橋本の街並みは保存されるどころか、古い建物などに対しての保護はまったく対策がされていない。
この日も素晴らしい建築物があった場所が、取り壊されているのを見かけた。
どんどん素晴らしい古い建物がなくなっていく橋本で、この店はこのままいつまでも続けてほしいものである。
2008年03月01日
すみれ寿司
京都の繁華街である河原町通の蛸薬師を東に入ったところにある「すみれ寿司」。
地図はこちら
カウンターだけの小さな店であるが、この店は知る人ぞ知る名店なのである。

実はここの大将の高橋秋水氏は私の親友であり、お父さんである先代にも子供の頃から大変お世話になったものである。
親友の店だから店の紹介を書くわけではない。
ここは私が怒りたくなるような店であるから書くのである。
なぜ私が怒りたくなるのか、それは「こんなもの出すな!」と言いたくなるようなもの(ネタ)を平気で出してくるからだ。
ネタが悪いから怒るのではない、ネタが良すぎて「こんなものばかり惜し気もなく出していたら儲けなどない」という心配から怒りたくなるのだ。
事実、いいものばかり出しすぎて店はあまり儲かってないようである。
先代は、「オススメは?」と客に聞かれると、「全部オススメや、うちは客に出せへんようなもんは置いてない」と答えていたらしい。
事実、素晴らしいネタを豪快に出すのがこの店の流儀である。
ネタの鮮度については語るまでのこともなく、海苔巻きを頼めばシャリの何倍かの大きさの具が飛び出している。鯖の棒寿司の身はこれでもかというぐらいに新鮮で肉厚であり、赤出汁を頼めば一回り大きな椀に豪快な魚の切り身が入っている。
そんな頑固な職人である先代のやり方を、今の大将もしっかりと引き継いでやっているので心配になるのだ。
そんな店だけに根強い常連客は多い。
しかも舌の肥えた客や文化人たちが集まってくるので、ますます手が抜けないだろう。
高橋秋水氏も様々な濃い人たちを夜な夜な相手にしているだけに博学で知識も豊富である。
さらに営業時間は夕方五時から朝五時までという長丁場。
日の暮れた時間から、日が昇る時間までいつ行っても開いているから嬉しくなる。
私ももう少し落ち着いたら、ここに通いつめてみたいものだと思っているのであった。
「すみれ寿司」
京都市中京区木屋町蛸薬師西入
電話:075-211-1089
席数:カウンター9席
予算:3000円から(10000円あれば大盤振る舞いしてもたぶん大丈夫)
営業時間:17:00~5:00
定休日:月(祝日の場合営業)
カウンターだけの小さな店であるが、この店は知る人ぞ知る名店なのである。
実はここの大将の高橋秋水氏は私の親友であり、お父さんである先代にも子供の頃から大変お世話になったものである。
親友の店だから店の紹介を書くわけではない。
ここは私が怒りたくなるような店であるから書くのである。
なぜ私が怒りたくなるのか、それは「こんなもの出すな!」と言いたくなるようなもの(ネタ)を平気で出してくるからだ。
ネタが悪いから怒るのではない、ネタが良すぎて「こんなものばかり惜し気もなく出していたら儲けなどない」という心配から怒りたくなるのだ。
事実、いいものばかり出しすぎて店はあまり儲かってないようである。
先代は、「オススメは?」と客に聞かれると、「全部オススメや、うちは客に出せへんようなもんは置いてない」と答えていたらしい。
事実、素晴らしいネタを豪快に出すのがこの店の流儀である。
ネタの鮮度については語るまでのこともなく、海苔巻きを頼めばシャリの何倍かの大きさの具が飛び出している。鯖の棒寿司の身はこれでもかというぐらいに新鮮で肉厚であり、赤出汁を頼めば一回り大きな椀に豪快な魚の切り身が入っている。
そんな頑固な職人である先代のやり方を、今の大将もしっかりと引き継いでやっているので心配になるのだ。
そんな店だけに根強い常連客は多い。
しかも舌の肥えた客や文化人たちが集まってくるので、ますます手が抜けないだろう。
高橋秋水氏も様々な濃い人たちを夜な夜な相手にしているだけに博学で知識も豊富である。
さらに営業時間は夕方五時から朝五時までという長丁場。
日の暮れた時間から、日が昇る時間までいつ行っても開いているから嬉しくなる。
私ももう少し落ち着いたら、ここに通いつめてみたいものだと思っているのであった。
「すみれ寿司」
京都市中京区木屋町蛸薬師西入
電話:075-211-1089
席数:カウンター9席
予算:3000円から(10000円あれば大盤振る舞いしてもたぶん大丈夫)
営業時間:17:00~5:00
定休日:月(祝日の場合営業)
2008年03月01日
エミとの五日間
エミは嵐のように現れて、嵐のように去って行った。
この五日間はなぜかエミと過ごした。
「過ごした」と言えば響きはいいが、「ただ異質なものが横にいた」というだけである。
五日間のうち二日間は、エミは昼間にひとりで観光をしていたのであるが。
ここではそんなエミとの行動について書いてみよう。
一日目、天王寺のとある店にエミをポイ捨てして、終電で帰る。
エミ怒る。
「アンタ、いきなり放置プレイかよ!」
店の人に、「なんなんだアイツは」と愚痴っていたらしい。
二日目、大雨。
ヤツは古都に大雨をもたらしたみたいだ。
エミはひとりで鞍馬寺、上賀茂神社にお参り。
夕方合流するはずが、エミが長風呂のため待ち合わせたのは九時になってから。
祇園の片隅で「おばんざい」を肴に酒を飲む。

そして店を出てから新橋を通り白川沿いを歩く。
四条大橋を渡り、先斗町経由で蛸薬師通りにある「すみれ寿司」へ。
「すみれ寿司」の大将は、私の親友の高橋秋水くんである。
ここは相変わらずいいものを出してくれる。
しかし、大将とエミのせいで終電を逃してしまった。
店にある酒の銘柄すべてを飲むエミと私。
けっきょく朝五時まで飲んで始発で帰ることになる。
もちろんエミをこの日も放置したまま。
「あいつはいつもやから」と大将に同情されるエミ。
このあと私は始発電車で寝過ごし大阪まで行き、さらに降りる駅を間違えるなどして家に着くまで二時間半もかかったのであった。
三日目、エミは酒臭い車内でこの日も目を覚ます。
エミはひとりで伏見稲荷大社にお参り。

エミは門前でお土産に稲荷寿司を買ってきてくれたのだが、スズメの焼き鳥にするかずいぶん迷ったらしい。
このあたりの選択はエミらしいが、けっきょくスズメの焼き鳥はエミだけが食べたらしい。
スズメの焼き鳥は私の大好物であるというのに、この飲兵衛女め。
夕方に合流し、上方温泉一休京都本館に行く。
この頃にはもう外は吹雪となっていたのである。
エミは雨女じゃなく、大荒れ女だ。
それからこの日は三時まで飲んでいた。
四日目、朝から昼過ぎまでエミと卓上旅行をする。
「あそこもいい、そこもいい」
「あそこも行きたい、そこも行きたい」
「あそこも行け、そこも行け」
「あそこも行く、そこも行く」
そんなことを言いながらダラダラ過ごす。
これではいけないと思い、観光をする。
石清水八幡宮、善法律寺、流れ橋、樟葉宮跡地など。
エミは流れ橋が気に入ったようだ。

そしてこの日も二時まで飲む。
五日目、いちおう最終日。
エミに乗せてもらい四国に行こうと考えていたが、仕事の都合で断念することに。
この日も卓上旅行が続いたが、昼をかなりまわってから出ることに。
その前に遅い昼食をともにする。
選んだ店は、京阪橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」
ここは素晴らしい店である。
店内は昭和初期からほとんどそのままといった素晴らしい雰囲気であり、料理は昔ながらの手作り。
エミと私はチキンライスとヤキメシ、トンカツを頼み、私はビールを飲む。
ビールを味わう私に、おあずけのエミは一言、「オマエ殺すぞ」。
その後、おかみさんから店や橋本の歴史などの話をまったりと伺い、さらに時間の止まったような店内でダラダラと過ごす。
店を出たあとは元は遊郭である橋本の街並みを散策し、エミの車まで行く。

ここで別れるのだが、もちろんエミの車を見送ることはない。
「じゃあ」と言い私は帰ってきたのであった。

よく考えてみるとエミと会ったのは二回目だった。
そんなことをまったく気にもせず過ごした、緊張感のない五日間であった。
エミはそれから四国に向かった。
私の清らかな修行場である四国では、ヤツとは会いたくないものである。
この五日間はなぜかエミと過ごした。
「過ごした」と言えば響きはいいが、「ただ異質なものが横にいた」というだけである。
五日間のうち二日間は、エミは昼間にひとりで観光をしていたのであるが。
ここではそんなエミとの行動について書いてみよう。
一日目、天王寺のとある店にエミをポイ捨てして、終電で帰る。
エミ怒る。
「アンタ、いきなり放置プレイかよ!」
店の人に、「なんなんだアイツは」と愚痴っていたらしい。
二日目、大雨。
ヤツは古都に大雨をもたらしたみたいだ。
エミはひとりで鞍馬寺、上賀茂神社にお参り。
夕方合流するはずが、エミが長風呂のため待ち合わせたのは九時になってから。
祇園の片隅で「おばんざい」を肴に酒を飲む。
そして店を出てから新橋を通り白川沿いを歩く。
四条大橋を渡り、先斗町経由で蛸薬師通りにある「すみれ寿司」へ。
「すみれ寿司」の大将は、私の親友の高橋秋水くんである。
ここは相変わらずいいものを出してくれる。
しかし、大将とエミのせいで終電を逃してしまった。
店にある酒の銘柄すべてを飲むエミと私。
けっきょく朝五時まで飲んで始発で帰ることになる。
もちろんエミをこの日も放置したまま。
「あいつはいつもやから」と大将に同情されるエミ。
このあと私は始発電車で寝過ごし大阪まで行き、さらに降りる駅を間違えるなどして家に着くまで二時間半もかかったのであった。
三日目、エミは酒臭い車内でこの日も目を覚ます。
エミはひとりで伏見稲荷大社にお参り。
エミは門前でお土産に稲荷寿司を買ってきてくれたのだが、スズメの焼き鳥にするかずいぶん迷ったらしい。
このあたりの選択はエミらしいが、けっきょくスズメの焼き鳥はエミだけが食べたらしい。
スズメの焼き鳥は私の大好物であるというのに、この飲兵衛女め。
夕方に合流し、上方温泉一休京都本館に行く。
この頃にはもう外は吹雪となっていたのである。
エミは雨女じゃなく、大荒れ女だ。
それからこの日は三時まで飲んでいた。
四日目、朝から昼過ぎまでエミと卓上旅行をする。
「あそこもいい、そこもいい」
「あそこも行きたい、そこも行きたい」
「あそこも行け、そこも行け」
「あそこも行く、そこも行く」
そんなことを言いながらダラダラ過ごす。
これではいけないと思い、観光をする。
石清水八幡宮、善法律寺、流れ橋、樟葉宮跡地など。
エミは流れ橋が気に入ったようだ。
そしてこの日も二時まで飲む。
五日目、いちおう最終日。
エミに乗せてもらい四国に行こうと考えていたが、仕事の都合で断念することに。
この日も卓上旅行が続いたが、昼をかなりまわってから出ることに。
その前に遅い昼食をともにする。
選んだ店は、京阪橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」
ここは素晴らしい店である。
店内は昭和初期からほとんどそのままといった素晴らしい雰囲気であり、料理は昔ながらの手作り。
エミと私はチキンライスとヤキメシ、トンカツを頼み、私はビールを飲む。
ビールを味わう私に、おあずけのエミは一言、「オマエ殺すぞ」。
その後、おかみさんから店や橋本の歴史などの話をまったりと伺い、さらに時間の止まったような店内でダラダラと過ごす。
店を出たあとは元は遊郭である橋本の街並みを散策し、エミの車まで行く。
ここで別れるのだが、もちろんエミの車を見送ることはない。
「じゃあ」と言い私は帰ってきたのであった。
よく考えてみるとエミと会ったのは二回目だった。
そんなことをまったく気にもせず過ごした、緊張感のない五日間であった。
エミはそれから四国に向かった。
私の清らかな修行場である四国では、ヤツとは会いたくないものである。
2008年02月26日
エミの来襲
エミ、千葉県在住、年齢三十歳前後、紆余曲折を経てなぜか現在は看護師。
このエミという女性に出会ったのは昨年三月、小笠原諸島の父島でだった。

彼女は見た目は普通のキレイなおネエさんであるが、中身はネジが百本ほど抜けているようで、かなり飛んでいる。
私が出会ったときには、彼女は街でウエットスーツを着て、勝手に人のギョサンを履いていたのはいいが、それぞれの足には違う色の違うサイズのギョサンを間違えて履いているという姿であった。
彼女は小笠原ではほとんどウエットスーツかパジャマしか着ていなかったようであり、そんな彼女とも私は異人種を見るように酒を酌み交わしたものであった。
そんな彼女だが、転職で空いた時間を利用して、西日本一周波乗り車中泊の一人旅にでることになったようである。
私は四国から帰ってきて、何か悪い予感がしていた。
そして、私のメールアドレスを人づてに聞いたエミからとうとうメールがきたのである。
「覚えていますか? 覚えてないとは言わせません!」
そんなエミが早くも関西に乱入してきたのである。
関西が悪天候に見舞われたのは彼女のせいだろう。
この日、私は仕事でお世話になっている方に四天王寺を案内していただくことになっていた。
その前にエミは大坂城公園でホームレス生活を送っていたようである。
いい機会なので、エミに声をかけてみた。
「行く!」
よく晴れた昼下がり、私がエミを四天王寺の境内で待っていると、いきなりたくさんのハトに襲われた。今日も嫌な予感がする。

すごいハトの密度だ。
エミは南大門から現れた。
そして作務衣に雪駄という私の格好を見て笑っている。
どうも久しぶりに会ったとは思えない緊張感の無さである。
さらにお世話になっている会社の方にきていただき、四天王寺を案内していただく。
エミはなぜか打ち解けている。
この会社の方のおかげで四天王寺はほとんど顔パス状態。
私は恐縮しているが、エミはかなり楽しんでいる。

今度は、三原の宮大工の棟梁六組が集結する加工場に連れていってもらう。
こんなところは私も初めてであり、エミも興味深くいろんなものを見たり写真を撮ったりしていた。

実はエミは宮大工になろうとしたことがあったらしい。ヤツの頭の中はよくわからん。
この加工場では私の舎弟に久しぶりに会うことができた。
急に私が来たので動揺する舎弟。
動揺のあまり、「珍玄さん結婚は?」とかわけのわからないことを聞いてきやがる。
どうも舎弟はつい最近できちゃった結婚をしたらしい。
さらにエミを見て、「奥さんですか?」などと聞いてくるので、「そうや」と言ってやったらエミが激怒していた。
そしてエミに「今度飲みにいきましょう」と誘う舎弟。アホか、お前にそういうことを教えたわけとちゃうぞ。
加工場の見学を終えたあとは、この方の会社に連行される。
応接室にお通ししていただいたはいいが、私は作務衣に雪駄、エミはジーパンに汚れたブーツ、腰からはペットボトルを提げている。
「これは何かの罰ゲームやんな?」
応接室で部長さんとの会見を終えた一行は、場所を移してたこ焼きを食べに。
部長さんは「ホンマにたこ焼きでいいんですか?」と不安げだったが、エミと私は「たこ焼きがいいのです」と楽しんでいる。

会社の部長さんや課長さんを相手にたこ焼きを食いながら酒を飲むマイペースな二人。

しかしエミが日本酒を二回もこぼして私の下半身はびしょ濡れに。まったく困った女だ。
けっこうこのたこ焼きの宴は盛り上がったのであったが、ここでの会話の内容はひどいものであった。
たこ焼きをご馳走になってしまい、帰りはエミが車を置いている場所まで送っていただいたのであるが、なぜか飛田新地(有名な遊郭)をドライブすることに。
店にいる女の子を車の中から眺めながらエミは、
「おっ、あの子カワイイ、あー、あの子はイマイチやな」などと品定めをしている。オマエはオッサンか!
エミの車の近くまで送っていただいてからは、近くの居酒屋に入り焼酎を飲みながら反省会。
そして私は終電の時間もあったので、エミを店内に放置して帰ってきたのであった。
このエミという女性に出会ったのは昨年三月、小笠原諸島の父島でだった。
彼女は見た目は普通のキレイなおネエさんであるが、中身はネジが百本ほど抜けているようで、かなり飛んでいる。
私が出会ったときには、彼女は街でウエットスーツを着て、勝手に人のギョサンを履いていたのはいいが、それぞれの足には違う色の違うサイズのギョサンを間違えて履いているという姿であった。
彼女は小笠原ではほとんどウエットスーツかパジャマしか着ていなかったようであり、そんな彼女とも私は異人種を見るように酒を酌み交わしたものであった。
そんな彼女だが、転職で空いた時間を利用して、西日本一周波乗り車中泊の一人旅にでることになったようである。
私は四国から帰ってきて、何か悪い予感がしていた。
そして、私のメールアドレスを人づてに聞いたエミからとうとうメールがきたのである。
「覚えていますか? 覚えてないとは言わせません!」
そんなエミが早くも関西に乱入してきたのである。
関西が悪天候に見舞われたのは彼女のせいだろう。
この日、私は仕事でお世話になっている方に四天王寺を案内していただくことになっていた。
その前にエミは大坂城公園でホームレス生活を送っていたようである。
いい機会なので、エミに声をかけてみた。
「行く!」
よく晴れた昼下がり、私がエミを四天王寺の境内で待っていると、いきなりたくさんのハトに襲われた。今日も嫌な予感がする。
すごいハトの密度だ。
エミは南大門から現れた。
そして作務衣に雪駄という私の格好を見て笑っている。
どうも久しぶりに会ったとは思えない緊張感の無さである。
エミはなぜか打ち解けている。
この会社の方のおかげで四天王寺はほとんど顔パス状態。
私は恐縮しているが、エミはかなり楽しんでいる。
今度は、三原の宮大工の棟梁六組が集結する加工場に連れていってもらう。
こんなところは私も初めてであり、エミも興味深くいろんなものを見たり写真を撮ったりしていた。
実はエミは宮大工になろうとしたことがあったらしい。ヤツの頭の中はよくわからん。
この加工場では私の舎弟に久しぶりに会うことができた。
急に私が来たので動揺する舎弟。
動揺のあまり、「珍玄さん結婚は?」とかわけのわからないことを聞いてきやがる。
どうも舎弟はつい最近できちゃった結婚をしたらしい。
さらにエミを見て、「奥さんですか?」などと聞いてくるので、「そうや」と言ってやったらエミが激怒していた。
そしてエミに「今度飲みにいきましょう」と誘う舎弟。アホか、お前にそういうことを教えたわけとちゃうぞ。
加工場の見学を終えたあとは、この方の会社に連行される。
応接室にお通ししていただいたはいいが、私は作務衣に雪駄、エミはジーパンに汚れたブーツ、腰からはペットボトルを提げている。
「これは何かの罰ゲームやんな?」
応接室で部長さんとの会見を終えた一行は、場所を移してたこ焼きを食べに。
部長さんは「ホンマにたこ焼きでいいんですか?」と不安げだったが、エミと私は「たこ焼きがいいのです」と楽しんでいる。
会社の部長さんや課長さんを相手にたこ焼きを食いながら酒を飲むマイペースな二人。
しかしエミが日本酒を二回もこぼして私の下半身はびしょ濡れに。まったく困った女だ。
けっこうこのたこ焼きの宴は盛り上がったのであったが、ここでの会話の内容はひどいものであった。
たこ焼きをご馳走になってしまい、帰りはエミが車を置いている場所まで送っていただいたのであるが、なぜか飛田新地(有名な遊郭)をドライブすることに。
店にいる女の子を車の中から眺めながらエミは、
「おっ、あの子カワイイ、あー、あの子はイマイチやな」などと品定めをしている。オマエはオッサンか!
エミの車の近くまで送っていただいてからは、近くの居酒屋に入り焼酎を飲みながら反省会。
そして私は終電の時間もあったので、エミを店内に放置して帰ってきたのであった。


