2008年10月09日
玉紫陽花
私はタマアジサイというアジサイの種類を、箱根で初めて知ったのである。
それもそのはず、このタマアジサイは近畿以西には自生していないからだ。
箱根の道端には自生のものが多く茂っている。
タマアジサイは普通のアジサイに比べ、少し遅く(7月頃)に咲きだす。
そして次々に花を咲かせ、また花の時期も9月頃までと他のアジサイより長いのである。

その名の通りつぼみは玉のようになっていて、それが割れるようにして花が咲くのだ。
花はガクアジサイを少し小ぶりにしたようなものであり、ガクアジサイよりは地味で繊細なようにも見える。

箱根にはヤマアジサイも自生していたが、ヤマアジサイに比べると人里近い場所にこのタマアジサイは生えているような気がした。
それもそのはず、このタマアジサイは近畿以西には自生していないからだ。
箱根の道端には自生のものが多く茂っている。
タマアジサイは普通のアジサイに比べ、少し遅く(7月頃)に咲きだす。
そして次々に花を咲かせ、また花の時期も9月頃までと他のアジサイより長いのである。
その名の通りつぼみは玉のようになっていて、それが割れるようにして花が咲くのだ。
花はガクアジサイを少し小ぶりにしたようなものであり、ガクアジサイよりは地味で繊細なようにも見える。
箱根にはヤマアジサイも自生していたが、ヤマアジサイに比べると人里近い場所にこのタマアジサイは生えているような気がした。
2008年10月09日
箱根日記⑬
9月17日
ポンチュが一ヶ月半前から「作る」と言って作っていなかった冷や汁を作る。

これには冷や汁を食わず嫌いのアンさんも「美味しい」と満足。
9月18日
ポンチュが昼ご飯にマルタイの棒ラーメンで冷やし中華を作る。

ポンチュ曰く、「マルタイの棒ラーメンは冷やし中華にするもの」らしい。
夜はポンチュがクラムチャウダーを作った。

私は豚ヘレ肉のソテーマスタードソース和えを。

さらに、宇宙人デーマエが再登場。

デーマエは、「私の手料理」とほざいて冷凍の枝豆を解凍もぜずに持ってきたのである。
しかもまた朝まで飲んでアンさんを襲撃したのであった。
9月20日
「おもと」にてランチ。

このときにはお気に入りの「じゃがいもの冷製ポタージュ」がなくなり、オニオンスープとなっていた。

こちらは常にメニューに書かれているコーンポタージュ。
この日で私の勤務は終了。

ホテルのみなさんにはちゃんと「今日で最後」と伝えたのだが、みんな「また、また~」と言って信じてくれなかったのである。
何ということだ。
この何日か後、私が本当に三か月の契約を終了したということを、みなさんやっと理解してくれたらしい。
まったく困ったものである。
この日の夜はポンチュがワインとチーズを用意してくれていた。


リンリンはボロネーゼを作る。

ポンチュは美味しいかぼちゃとじゃがいものポタージュを作っていた。

これで約三か月にわたる箱根生活は終了。
五人で毎昼毎夜の飲み食いをした結果、洗い場の三人は少々太り、アンさんは8キロ、ポンチュは5キロも太ってしまったのである。
洗い場は仕事がハードなので、この夏には一ヶ月で7キロも痩せた人がいるというように、太るはずはないのであるが、私たちは体重増加というある意味において貴族的生活を送っていたのであった。
何はともあれ、楽しい日々を送ることができ感謝をしています。
みなさん本当にお世話になりましてありがとうございました。

(写真をたくさん提供してくださったマヤさんには、この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。)
ポンチュが一ヶ月半前から「作る」と言って作っていなかった冷や汁を作る。
これには冷や汁を食わず嫌いのアンさんも「美味しい」と満足。
9月18日
ポンチュが昼ご飯にマルタイの棒ラーメンで冷やし中華を作る。
ポンチュ曰く、「マルタイの棒ラーメンは冷やし中華にするもの」らしい。
夜はポンチュがクラムチャウダーを作った。
私は豚ヘレ肉のソテーマスタードソース和えを。
さらに、宇宙人デーマエが再登場。
デーマエは、「私の手料理」とほざいて冷凍の枝豆を解凍もぜずに持ってきたのである。
しかもまた朝まで飲んでアンさんを襲撃したのであった。
9月20日
「おもと」にてランチ。
このときにはお気に入りの「じゃがいもの冷製ポタージュ」がなくなり、オニオンスープとなっていた。
こちらは常にメニューに書かれているコーンポタージュ。
この日で私の勤務は終了。
ホテルのみなさんにはちゃんと「今日で最後」と伝えたのだが、みんな「また、また~」と言って信じてくれなかったのである。
何ということだ。
この何日か後、私が本当に三か月の契約を終了したということを、みなさんやっと理解してくれたらしい。
まったく困ったものである。
この日の夜はポンチュがワインとチーズを用意してくれていた。
リンリンはボロネーゼを作る。
ポンチュは美味しいかぼちゃとじゃがいものポタージュを作っていた。
これで約三か月にわたる箱根生活は終了。
五人で毎昼毎夜の飲み食いをした結果、洗い場の三人は少々太り、アンさんは8キロ、ポンチュは5キロも太ってしまったのである。
洗い場は仕事がハードなので、この夏には一ヶ月で7キロも痩せた人がいるというように、太るはずはないのであるが、私たちは体重増加というある意味において貴族的生活を送っていたのであった。
何はともあれ、楽しい日々を送ることができ感謝をしています。
みなさん本当にお世話になりましてありがとうございました。
(写真をたくさん提供してくださったマヤさんには、この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。)
2008年10月08日
箱根日記⑫
9月17日
未明に酔ったマヤさんがリンリンに、「富士屋ホテルにスウィーツを食べに行こう」と持ちかけたため、中抜けにアンさん以外の五人でお茶をしに行くことになった。
しかし、その発起人であるマヤさんだが、朝の勤務の時にはすでに自分がその企画を持ち出したことすら忘れていたのであった。

半数以上のメンバーが二日酔いであったのにも関わらず、そんなときにしか行く機会もないだろうとこの企画を決行、宮ノ下の顔でもある富士屋ホテルへ。


さすがは歴史ある富士屋ホテル、風格があってなかなか素晴らしい。

中に入り、ラウンジ「オーキッド」でスウィーツのセットを注文。

「もみじと洋梨のシンフォニー」(1500円)

「和栗のモンブラン」(1500円)

「伝統の焼きりんご」(1500円)

「マーブルケーキ寄木細工風」(1300円)

落ち着いた富士屋ホテルで、少し贅沢な気分を味わったティータイムとなったのであった。

未明に酔ったマヤさんがリンリンに、「富士屋ホテルにスウィーツを食べに行こう」と持ちかけたため、中抜けにアンさん以外の五人でお茶をしに行くことになった。
しかし、その発起人であるマヤさんだが、朝の勤務の時にはすでに自分がその企画を持ち出したことすら忘れていたのであった。
半数以上のメンバーが二日酔いであったのにも関わらず、そんなときにしか行く機会もないだろうとこの企画を決行、宮ノ下の顔でもある富士屋ホテルへ。
さすがは歴史ある富士屋ホテル、風格があってなかなか素晴らしい。
中に入り、ラウンジ「オーキッド」でスウィーツのセットを注文。
「もみじと洋梨のシンフォニー」(1500円)
「和栗のモンブラン」(1500円)
「伝統の焼きりんご」(1500円)
「マーブルケーキ寄木細工風」(1300円)
落ち着いた富士屋ホテルで、少し贅沢な気分を味わったティータイムとなったのであった。
2008年10月08日
箱根日記⑪
9月12日
マヤさんが買ってきた豚ヘレ肉があったため、ヨシさんとポンチュがトンカツを作りはじめた。

このトンカツ、パン粉はわざわざパンをすりおろして作ったものであり、とても香ばしく美味しいトンカツに仕上がったのであった。


9月13日
昼ご飯に私が関西風きつねうどんを作る。

もちろんダシもちゃんととり、揚げにもわざわざ味付けをしたものであり好評であった。
その夜は鹿児島風味噌おでんを作る。

焼酎や味噌、砂糖、そして豚やモヤシが入っている。
焼うどん発祥の地、小倉風焼うどんも作ってみた。

乾麺を使って作るのが特徴的である。
そして毎日のようにいただいていたミョウガをのせた冷奴も。

9月14日
マヤさんが漬物を漬けてくれていた。

私は精進料理であるけんちん汁を。

9月15日
風呂に入ってきたマヤさんは、なんとバリカンで坊主頭に。

これで坊主頭が三人に増えた。
9月16日
昼間、みんな二日酔いなのでレッドアイ(トマトジュースをビールで割ったカクテル)を作って飲む。

夜は関西風鶏のすき焼き。

マヤさんが買ってきた豚ヘレ肉があったため、ヨシさんとポンチュがトンカツを作りはじめた。
このトンカツ、パン粉はわざわざパンをすりおろして作ったものであり、とても香ばしく美味しいトンカツに仕上がったのであった。
9月13日
昼ご飯に私が関西風きつねうどんを作る。
もちろんダシもちゃんととり、揚げにもわざわざ味付けをしたものであり好評であった。
その夜は鹿児島風味噌おでんを作る。
焼酎や味噌、砂糖、そして豚やモヤシが入っている。
焼うどん発祥の地、小倉風焼うどんも作ってみた。
乾麺を使って作るのが特徴的である。
そして毎日のようにいただいていたミョウガをのせた冷奴も。
9月14日
マヤさんが漬物を漬けてくれていた。
私は精進料理であるけんちん汁を。
9月15日
風呂に入ってきたマヤさんは、なんとバリカンで坊主頭に。
これで坊主頭が三人に増えた。
9月16日
昼間、みんな二日酔いなのでレッドアイ(トマトジュースをビールで割ったカクテル)を作って飲む。
夜は関西風鶏のすき焼き。
2008年10月06日
箱根日記⑩
箱根には仙石原に一軒しかスーパーがない。
商店なども少ないため、このような車で売りに来る八百屋は非常に重宝した。

ホテルでは外国人たちも働いていたのである。
まず私が入ったときにすでにいたのは、ニュージーランド国籍の韓国人であるキムとリー。
この二人はとても楽しい連中だったので仲良く遊んだりしていた。
「オイッ、チンゲン、仕事シロヨ!」
「うるせえ、あっち行ってろ!」
「客ノ、ガイジン、ムカツクンダヨ!」
「お前も外人やろ!」
「おいっ、そこのヒマ人!」
「チガウヨ、オレ、ニュージーランド人ダヨ・・・」
そんな中でこんどは台湾人が二人入ってきたのである。
すごくいい子たちであったが、ふとある時ホールを見ると外国人従業員だらけで、日本人は疲労困憊のヒロくんだけだった。

職場での風景

暇なときは、よくヨシさんとマッサージを交互にしたものだった。

そんな光景を見たホールの人たちは見て見ぬフリ。
洗い場は二ヶ所あって、八月からはヨシさん、マヤさん、私の三人がそのうちの一ヶ所を任されていたので、かなりやりたい放題であったのである。
毎日毎夜いっしょに飲み続けた私たちであったが、そのメンバーが中心となりどこかに行こうという企画が持ち上がった。
しかし、洗い場の三人が同時に休めるわけもないので、私はその企画から外れたのである。
言いだしっぺのヨシさんは、どっかに行って美味いものでも食べて飲めたらそれでいいや、ともくろんでいたのだが、一同旧街道ハイキングという思いもよらない方向に話は向かっていったようである。
そんなヨシさん本人は当日(10日)が雨にならないかと、一人願っていたのであった。
9月9日
夜、旧街道ハイキングの打ち合わせにみんなが集合。

なんとマヤさんは次のような案内をわざわざ作成し、地図といっしょにコピーしてみんなに配ったのである。
箱根旧街道ハイキングについて
1、日時 9月10日(水) 7:00~16:00(予定)
2、集合時間、場所 7:00男子寮自動販売機前 雨天中止 (小雨の場合は集合時に決定)
3、服装 長袖 長ズボン スニーカー 帽子(タオル、バンダナ可)
4、携行品 バッグ(両手が使える背負えるもの)
水(500mlペットボトル二本ぐらい)
嗜好品(チョコやキャンディなど甘いもの)
お金3600円ぐらい(帰りのバス代、温泉代、昼食代など)
着替え(下着、Tシャツなど)
その他あったほうがいいもの 軍手、サングラス、日焼け止めクリーム、ポケットテイッシュ、バンダナ、ビニール袋
5、参加者 マヤ、ヨシ、メイ、アン、リンリン
6、行程 男子寮ー鷹巣山ー飛龍ノ滝ー畑宿ー(箱根旧街道)-芦ノ湖ー(バス)-芦ノ湯ー(バス)-解散
7、注意事項 各自健康管理をしっかりとすること(前夜の深酒、睡眠不足など気をつける)
万一ケガや事故が発生した場合予定はすべて中止
さすがはマヤさん、すごくマメで丁寧である。
が、
注意事項を書いたはずのマヤさんが、まず夜更かしに深酒で撃沈。
ポンチュは初めから不参加だからいいものを、ほかの連中は明け方まで飲んでいる。
そして集合したのはいいが、頼みの綱であるワンダーフォーゲル部出身のメイちゃんは、なんと手ぶら。
ヨシさんが手提げ袋にメイちゃんの水を入れてあげていたぐらいだ。
やはりこのメンバーはムチャクチャだ。
しかし、面倒見のいいマメなマヤさんは二日酔いでも早起きをして、みんなのためにおにぎりを作っていたのであったのだ。

そんなことで楽しい旧街道ハイキングとなったようである。

商店なども少ないため、このような車で売りに来る八百屋は非常に重宝した。
ホテルでは外国人たちも働いていたのである。
まず私が入ったときにすでにいたのは、ニュージーランド国籍の韓国人であるキムとリー。
この二人はとても楽しい連中だったので仲良く遊んだりしていた。
「オイッ、チンゲン、仕事シロヨ!」
「うるせえ、あっち行ってろ!」
「客ノ、ガイジン、ムカツクンダヨ!」
「お前も外人やろ!」
「おいっ、そこのヒマ人!」
「チガウヨ、オレ、ニュージーランド人ダヨ・・・」
そんな中でこんどは台湾人が二人入ってきたのである。
すごくいい子たちであったが、ふとある時ホールを見ると外国人従業員だらけで、日本人は疲労困憊のヒロくんだけだった。
職場での風景
暇なときは、よくヨシさんとマッサージを交互にしたものだった。
そんな光景を見たホールの人たちは見て見ぬフリ。
洗い場は二ヶ所あって、八月からはヨシさん、マヤさん、私の三人がそのうちの一ヶ所を任されていたので、かなりやりたい放題であったのである。
毎日毎夜いっしょに飲み続けた私たちであったが、そのメンバーが中心となりどこかに行こうという企画が持ち上がった。
しかし、洗い場の三人が同時に休めるわけもないので、私はその企画から外れたのである。
言いだしっぺのヨシさんは、どっかに行って美味いものでも食べて飲めたらそれでいいや、ともくろんでいたのだが、一同旧街道ハイキングという思いもよらない方向に話は向かっていったようである。
そんなヨシさん本人は当日(10日)が雨にならないかと、一人願っていたのであった。
9月9日
夜、旧街道ハイキングの打ち合わせにみんなが集合。
なんとマヤさんは次のような案内をわざわざ作成し、地図といっしょにコピーしてみんなに配ったのである。
箱根旧街道ハイキングについて
1、日時 9月10日(水) 7:00~16:00(予定)
2、集合時間、場所 7:00男子寮自動販売機前 雨天中止 (小雨の場合は集合時に決定)
3、服装 長袖 長ズボン スニーカー 帽子(タオル、バンダナ可)
4、携行品 バッグ(両手が使える背負えるもの)
水(500mlペットボトル二本ぐらい)
嗜好品(チョコやキャンディなど甘いもの)
お金3600円ぐらい(帰りのバス代、温泉代、昼食代など)
着替え(下着、Tシャツなど)
その他あったほうがいいもの 軍手、サングラス、日焼け止めクリーム、ポケットテイッシュ、バンダナ、ビニール袋
5、参加者 マヤ、ヨシ、メイ、アン、リンリン
6、行程 男子寮ー鷹巣山ー飛龍ノ滝ー畑宿ー(箱根旧街道)-芦ノ湖ー(バス)-芦ノ湯ー(バス)-解散
7、注意事項 各自健康管理をしっかりとすること(前夜の深酒、睡眠不足など気をつける)
万一ケガや事故が発生した場合予定はすべて中止
さすがはマヤさん、すごくマメで丁寧である。
が、
注意事項を書いたはずのマヤさんが、まず夜更かしに深酒で撃沈。
ポンチュは初めから不参加だからいいものを、ほかの連中は明け方まで飲んでいる。
そして集合したのはいいが、頼みの綱であるワンダーフォーゲル部出身のメイちゃんは、なんと手ぶら。
ヨシさんが手提げ袋にメイちゃんの水を入れてあげていたぐらいだ。
やはりこのメンバーはムチャクチャだ。
しかし、面倒見のいいマメなマヤさんは二日酔いでも早起きをして、みんなのためにおにぎりを作っていたのであったのだ。
そんなことで楽しい旧街道ハイキングとなったようである。
2008年10月06日
箱根日記⑨
箱根登山電車は今年創業120周年を迎える。
そんな節目の記念事業の一環として、一部の車両を昭和30年代の塗装に復刻して運行しているのだ。
言われてみなければわからなかったが、これがその復刻塗装の車両らしい。

もっとも箱根登山電車はもとから昭和20年代の味のある車両を現在も使用しているため、あまり違和感や感動はなかったが、面白い試みであると思われる。
9月3日
給料も入ったことなので、アンさん以外の四人でROI(ロア)にて少し贅沢なランチ。

まずはエビスビール

サラダ

この時はかぼちゃのスープ

私は仔牛のクリーム煮(3000円)

ヨシさんはタンシチュー(2650円)

ポンチュはハンバーグ(1850円)

マヤさんは足柄産和牛サーロインステーキ200g(4650円)

これらの料理はすべてサラダ、スープ、デザート、コーヒー付きである。
デザート

コーヒー

ROIはけっこうちゃんと作っている店で、素材の味を消すことのない上品な味付けが多い。
店の雰囲気も悪くないので、仕事帰り(中抜け)の贅沢なランチとなったのである。

その夜は、御殿場の贅沢なコンビーフを開ける。

そしてアボガドも。

形は悪いが味はまあまあのトマトソースのオムライス。

9月4日
まずは昼間から豆腐を肴に一杯。

夜にはマヤさんがカツオをさばく。

カツオの刺身に、サンマの塩焼き、カツオの内臓など。

9月5日
いつもの店で焼きそばをいただく。ここのはただの焼きそばではなく富士宮焼きそばらしく美味いのだ。

9月6日
ポンチュが食べたがっていたインスタントラーメン「うまかっちゃん」が手に入ったので食べる。この「うまかっちゃん」は九州や関西にはあるものの、関東ではあまり売っていないらしい。

9月7日
この日はマヤさんが、びん長マグロ、カツオの刺身、野菜炒め、冷製ポタージュを作ってくれた。
さらにアンさんが蕎麦をもらってきてくれて、それを私が持って帰ってきた生ワサビでいただく。

そして、この日から新メンバーのリンリン(27歳)が加入したのである。

9月9日
寮の大掃除を昼間からさせられる。といっても草抜きだけであったが。

またもマヤさん注文の酒や野菜が届く。そしてワインは12本もあったのだ。これでさらに退廃的な生活に突入。


そんな節目の記念事業の一環として、一部の車両を昭和30年代の塗装に復刻して運行しているのだ。
言われてみなければわからなかったが、これがその復刻塗装の車両らしい。
もっとも箱根登山電車はもとから昭和20年代の味のある車両を現在も使用しているため、あまり違和感や感動はなかったが、面白い試みであると思われる。
9月3日
給料も入ったことなので、アンさん以外の四人でROI(ロア)にて少し贅沢なランチ。
まずはエビスビール
サラダ
この時はかぼちゃのスープ
私は仔牛のクリーム煮(3000円)
ヨシさんはタンシチュー(2650円)
ポンチュはハンバーグ(1850円)
マヤさんは足柄産和牛サーロインステーキ200g(4650円)
これらの料理はすべてサラダ、スープ、デザート、コーヒー付きである。
デザート
コーヒー
ROIはけっこうちゃんと作っている店で、素材の味を消すことのない上品な味付けが多い。
店の雰囲気も悪くないので、仕事帰り(中抜け)の贅沢なランチとなったのである。
その夜は、御殿場の贅沢なコンビーフを開ける。
そしてアボガドも。
形は悪いが味はまあまあのトマトソースのオムライス。
9月4日
まずは昼間から豆腐を肴に一杯。
夜にはマヤさんがカツオをさばく。
カツオの刺身に、サンマの塩焼き、カツオの内臓など。
9月5日
いつもの店で焼きそばをいただく。ここのはただの焼きそばではなく富士宮焼きそばらしく美味いのだ。
9月6日
ポンチュが食べたがっていたインスタントラーメン「うまかっちゃん」が手に入ったので食べる。この「うまかっちゃん」は九州や関西にはあるものの、関東ではあまり売っていないらしい。
9月7日
この日はマヤさんが、びん長マグロ、カツオの刺身、野菜炒め、冷製ポタージュを作ってくれた。
さらにアンさんが蕎麦をもらってきてくれて、それを私が持って帰ってきた生ワサビでいただく。
そして、この日から新メンバーのリンリン(27歳)が加入したのである。
9月9日
寮の大掃除を昼間からさせられる。といっても草抜きだけであったが。
またもマヤさん注文の酒や野菜が届く。そしてワインは12本もあったのだ。これでさらに退廃的な生活に突入。
2008年10月05日
箱根日記⑧
同室のマヤさんには、いつも食材提供などをしていただいていて本当にお世話になった。
そんなマヤさんがまたもネットで購入したのは、なんと鰹節。

こうして削って使用する本格的なものであるが、これが風味がよくダシもよく出て重宝したのであった。

8月22日
バーベキュー片付けのフリのあとは、ヨシさんとポンチュと小田原に出て買い物に。
ポンチュが皮から全部作った水餃子。

本人は大失敗と言っていたが、美味しかった。
バーベキューの残り物であったエビを塩焼きに。

ヨシさんが作った美味しいカレー。

五人のうち、一番カレーが似合いそうなアンさんの食べる姿を撮影。

これも余った鮭で作ったチャンチャン焼き。

ポンチュが持ってきた北九州の一味、これは風味が良い。

8月23日
昼御飯に私が得意とするカルボナーラを。

マヤさんが注文した米が届く。アンさんの炊飯器もフル稼働する。

この日の夜は「ほうとうパーティー」、山梨県出身のホールのヒロくんがカボチャのほうとうを作って振る舞ってくれたのであった。

参加者はいつもの五人に加えて、ヒロくん、メイちゃん(27歳)、宇宙人デーマエ(34歳)。

私たちも料理をたっぷりと振る舞い、デーマエたちも大喜び。

そして酔っ払ったアンさんが、天然女のデーマエをいじりだし、朝まで迷惑な「爆笑デーマエ劇場」が繰り広げられたのであった。

8月24日
とり天ぷら、ゴボウ天ぷら、きのこ鍋、アボガドなど。

8月25日
いつもの店で、ホールの食い意地張った酔っ払いニータ(21歳)が「煙草吸ったことない」と言い出したので、無理やり吸わせる。

8月27日
テーブルの上は酒と料理でひっくり返っている。

そして夜中にはヨシさんがカレーうどんを作る。

8月28日
昼間からパンツ一枚のヨシさんと酔っ払ってギター弾き語りを。もうやりたい放題。

8月29日
ヨシさんが買ってきたシソ巻きをいただく。

8月30日
久しぶりの休日。八月に丸一日休みだったのは、この日を合わせてたった二日しかなかったのだった。
車を借りて箱根高原ホテルに行き、お腹がすいたので芦ノ湖湖畔にてカツラーメンを食べた。

その日の夜は蓮根の海老挟み揚げを作る。

そして私の得意な炊き込みご飯を。このときは「しらす御飯」を作った。

8月31日
昼御飯に名古屋風味噌煮込みうどんを作った。

夜はポンチュが作ったビーフストロガノフと「がめ煮」のような煮込みを。

ヨシさんとポンチュが御殿場で買ってきたスモークタン。

9月1日
早朝、箱根登山電車に乗り込むと、ロングシートを寝台車のように使っている婆さんが。

よく見ると、洗い場のアル中婆さんであった。
午前の仕事中に、8月末で退職したシノちゃんが挨拶にきたので写真を撮る。

そしてこの日の午後から休みにしてもらったので、気分転換に西伊豆に出かけることにした。

(その時の記事はこちら→「ぶらり西伊豆」)
そんなマヤさんがまたもネットで購入したのは、なんと鰹節。
こうして削って使用する本格的なものであるが、これが風味がよくダシもよく出て重宝したのであった。
8月22日
バーベキュー片付けのフリのあとは、ヨシさんとポンチュと小田原に出て買い物に。
ポンチュが皮から全部作った水餃子。
本人は大失敗と言っていたが、美味しかった。
バーベキューの残り物であったエビを塩焼きに。
ヨシさんが作った美味しいカレー。
五人のうち、一番カレーが似合いそうなアンさんの食べる姿を撮影。
これも余った鮭で作ったチャンチャン焼き。
ポンチュが持ってきた北九州の一味、これは風味が良い。
8月23日
昼御飯に私が得意とするカルボナーラを。
マヤさんが注文した米が届く。アンさんの炊飯器もフル稼働する。
この日の夜は「ほうとうパーティー」、山梨県出身のホールのヒロくんがカボチャのほうとうを作って振る舞ってくれたのであった。
参加者はいつもの五人に加えて、ヒロくん、メイちゃん(27歳)、宇宙人デーマエ(34歳)。
私たちも料理をたっぷりと振る舞い、デーマエたちも大喜び。
そして酔っ払ったアンさんが、天然女のデーマエをいじりだし、朝まで迷惑な「爆笑デーマエ劇場」が繰り広げられたのであった。
8月24日
とり天ぷら、ゴボウ天ぷら、きのこ鍋、アボガドなど。
8月25日
いつもの店で、ホールの食い意地張った酔っ払いニータ(21歳)が「煙草吸ったことない」と言い出したので、無理やり吸わせる。
8月27日
テーブルの上は酒と料理でひっくり返っている。
そして夜中にはヨシさんがカレーうどんを作る。
8月28日
昼間からパンツ一枚のヨシさんと酔っ払ってギター弾き語りを。もうやりたい放題。
8月29日
ヨシさんが買ってきたシソ巻きをいただく。
8月30日
久しぶりの休日。八月に丸一日休みだったのは、この日を合わせてたった二日しかなかったのだった。
車を借りて箱根高原ホテルに行き、お腹がすいたので芦ノ湖湖畔にてカツラーメンを食べた。
その日の夜は蓮根の海老挟み揚げを作る。
そして私の得意な炊き込みご飯を。このときは「しらす御飯」を作った。
8月31日
昼御飯に名古屋風味噌煮込みうどんを作った。
夜はポンチュが作ったビーフストロガノフと「がめ煮」のような煮込みを。
ヨシさんとポンチュが御殿場で買ってきたスモークタン。
9月1日
早朝、箱根登山電車に乗り込むと、ロングシートを寝台車のように使っている婆さんが。
よく見ると、洗い場のアル中婆さんであった。
午前の仕事中に、8月末で退職したシノちゃんが挨拶にきたので写真を撮る。
そしてこの日の午後から休みにしてもらったので、気分転換に西伊豆に出かけることにした。
(その時の記事はこちら→「ぶらり西伊豆」)
2008年10月05日
箱根日記⑦
8月21日
この日は洗い場主催のバーベキュー。
実はこのバーベキュー、いつもの店のマスターが全面的に協力してくれて開催することができたのだ。
いつもの店で洗い場リーダーのパッカ将軍が「バーベキューをする」と言い出したところ、他の常連客たちに「どうせできるわけがない」など馬鹿にされ、その姿を見たマスターがあまりにかわいそうだし、ということで協力してくれることになったのである。
しかし、その協力とはマスターの夏休み三日間のうち二日も割き準備もしてくれ、さらにマスターが管理する保養所を貸し切ってするというものであった。
本当にマスターには申し訳ないことをした。
そして、準備片づけ等には私が当日の午後と翌日の午前、マヤさんが当日の午後、ヨシさんが翌日の午前に休みを取らされてこれにあたることとなったのである。
夕方五時、マスターと店で待ち合わせをし、マスターの車で鉄板、コンロ、プロパンなどを運ぶ。
そして鉄板などを洗い、準備は完了。
そう、食材の確保や仕込みなどの準備は、なんとすべてマスターがしてくれていたのであった。
準備が終わってしまったので、保養所の風呂に入らせてもらう。
源泉は大涌谷の造成泉で循環使用、マヤさんが写真を撮っていたのでその姿を撮ってみた。
準備にはさらにフロントのカヨさん(28歳)が手伝いにきてくれたのだが、仕事はほとんどなし。
カヨさんには受付と会計をお願いしたので、このときはもうくつろぎモードに入っていた。
マスターが保養所の中などを案内してくれる。
ほとんど遊び状態である。
しかし、ここで非情にも大雨が、保養所の玄関に場所を移動して準備をする。
夜10時前、フロントや休みの人が集まったところで乾杯。
食材は、生でも食べられるホタテやエビをはじめスペアリブ、その他豪華な品々に一同大満足。
写真係のマヤさんは女性にポーズをとってもらい写真を。
夜11時前になり、調理場、ホール、洗い場のメンバーも集結、人数は40人を超えていたのである。
洗い場のマラドさん(57歳)も上機嫌。
洗い場のアキちゃん(58歳)も喜んで食べる。
マスターは花火も用意してくれていて盛り上がる。
そして、恒例のお仕置きのお時間、今回は洗い場のサト(20歳)を相手にシノちゃんが大暴れ。
みんなその光景を食い入るように眺めている。
アキちゃんも乱入し、洗い場の意地を見せつける。
素晴らしいバーベキューにみんな大満足をして帰っていったのであった。
8月22日
バーベキューの翌日は、私とヨシさん、そしてポンチュも片づけに参加してくれたので、三人で指定の時間に保養所に到着。
が、しかし、
片付けや掃除はほとんど終わっていたのであった。
マスターや奥様、また保養所の皆様にはお世話になりっぱなしで本当に申し訳なく恐縮した。
また鉄板などを運び、片づけは終了。
その後、ホテルでバーベキューに参加した人からはお礼をたくさん言っていただいたり、バーベキューは大成功に終わったのであった。
マスターには本当にお世話になりました。
本当にありがとうございました。
2008年10月04日
箱根日記⑥
話はまた前後する。
8月6日
ホールのヒロくんの26歳のお誕生日会。
みんな道端に集合し、ケーキを囲んでお祝いをしたのである。
8月7日
前夜と同じ道端で、ヨシさんと昼間からトマトをアテにビールを飲む。
前夜も遊びにきた野良猫がまた寄ってきた。
8月17日
マヤさんがネットで注文した酒が、またも届いた。
マヤさん本人は「料理用」と言っていたが、ほとんどは料理に使われる前にみんなに飲まれていたのであった。
この日は洗い場のアル中婆さんからイナダの半身をいただいた。
このイナダは塩焼き、照り焼き、味噌煮にしたが大好評であった。
そしてこの日、アンさんのバリカンをヨシさんが借りて三ミリの坊主頭にする。
私は頭の後ろを刈ってあげた。
8月18日
「おもと」でランチ、写真はヨシさんが頼んだハンバーグサンド。
もちろんこれを頼む前に、ポテトサラダとビール三本は忘れていない。
マヤさんがネットで注文した「おかひじき」が届いた。おひたしなどにすると、シャキシャキとした食感がたまらないのである。
8月19日
アンさんとポンチュと、ポンチュの車で芦ノ湖へ。
旧街道の入り口で写真を撮る。
芦ノ湖ではまずワカサギの天ぷらを。
マス定食も頼む。
三人で芦ノ湖を背景に記念撮影。
8月20日
ヒロくんの山梨の実家から巨大で新鮮な桃が届いたので、一人一個ずついただく。
この桃は皮ごと食べるものであり、絶品。
ヨシさんが何か作り始めた。
出来上がったのは美味しいパスタであった。
2008年10月03日
箱根日記⑤
この頃から、五人の部屋での宴会が毎晩開催されることとなる。
8月6日
マヤさんがイカの干物を作ってくれた。

私は得意料理である高野豆腐のから揚げを。

8月7日
ヨシさんがわざわざ小田原まで下り、新鮮なキンキを調達してきた。

そしてその半身を贅沢にも干物に。
8月10日
昼間、ヨシさんと宮ノ下にて豆腐を調達。

冷奴を食べたいと思っていたので、いつもの店に昼間から乱入し、マスターがどこかから摘んできたミョウガをわけてもらう。

マヤさんがネットで注文した酒などが届く。

この日の夜は豆腐づくし。
まずは肉豆腐

豆腐田楽

豆腐チャンプルー風

湯豆腐という名のキノコ鍋

ダシに使った豚バラ肉の田楽風

油そうめん

8月11日
「おもと」でランチ

冷製ポタージュスープは最高。
ヨシさんが頼んだカツスパゲティ(1000円)

私はハンバーグセット(1000円)

8月12日
マヤさんが豚ヘレ肉などを振る舞ってくれた。

そしてやさしいマヤさんはポンチュに弁当まで持たせてあげたのだ。
8月13日
この日も「おもと」でランチ

カツカレーより高いチキンカレー(1000円)
この日の夜は広島風お好み焼きに挑戦。

ヨシさんとポンチュががんばって作ってくれた。

そしてヨシさんは椅子の上でそのままご就寝。

8月14日
ヨシさんとポンチュが宮ノ下に買い物に、そこで刺身用のヒラメとカマスを仕入れてきた。

ヒラメは昆布締め

カマスは干物名人のヨシさんが開き、マヤさんの部屋のベランダに吊るした。

昼御飯は私が鮭チャーハンを。ヒラメのエンガワは刺身でいただく。

ヒラメもカマスも絶品、特にカマスは頭まで美味しく食べることができた。


8月15日
お昼御飯に私が関西風お好み焼き(ネギ焼き)を作る。

ほとんど毎日のようにいただいていたマヤさん特製サラダ。

私は前日の昆布で佃煮を。

こんな毎日ならビールの空き缶も溜まるわ。

この日の晩はいつもの店へ。
仔牛のランプ肉をタタキにしたものを出してもらった。

ポンチュが35000円で入れた「村尾」をいただく。

8月16日
箱根大文字焼

しょせんは京都のパクリで宗教的意義は低く、まあ単なるイベントといったところか。
マヤさんの計らいで、仕事を抜け出し写真を撮りにいく。
8月6日
マヤさんがイカの干物を作ってくれた。
私は得意料理である高野豆腐のから揚げを。
8月7日
ヨシさんがわざわざ小田原まで下り、新鮮なキンキを調達してきた。
そしてその半身を贅沢にも干物に。
8月10日
昼間、ヨシさんと宮ノ下にて豆腐を調達。
冷奴を食べたいと思っていたので、いつもの店に昼間から乱入し、マスターがどこかから摘んできたミョウガをわけてもらう。
マヤさんがネットで注文した酒などが届く。
この日の夜は豆腐づくし。
まずは肉豆腐
豆腐田楽
豆腐チャンプルー風
湯豆腐という名のキノコ鍋
ダシに使った豚バラ肉の田楽風
油そうめん
8月11日
「おもと」でランチ
冷製ポタージュスープは最高。
ヨシさんが頼んだカツスパゲティ(1000円)
私はハンバーグセット(1000円)
8月12日
マヤさんが豚ヘレ肉などを振る舞ってくれた。
そしてやさしいマヤさんはポンチュに弁当まで持たせてあげたのだ。
8月13日
この日も「おもと」でランチ
カツカレーより高いチキンカレー(1000円)
この日の夜は広島風お好み焼きに挑戦。
ヨシさんとポンチュががんばって作ってくれた。
そしてヨシさんは椅子の上でそのままご就寝。
8月14日
ヨシさんとポンチュが宮ノ下に買い物に、そこで刺身用のヒラメとカマスを仕入れてきた。
ヒラメは昆布締め
カマスは干物名人のヨシさんが開き、マヤさんの部屋のベランダに吊るした。
昼御飯は私が鮭チャーハンを。ヒラメのエンガワは刺身でいただく。
ヒラメもカマスも絶品、特にカマスは頭まで美味しく食べることができた。
8月15日
お昼御飯に私が関西風お好み焼き(ネギ焼き)を作る。
ほとんど毎日のようにいただいていたマヤさん特製サラダ。
私は前日の昆布で佃煮を。
こんな毎日ならビールの空き缶も溜まるわ。
この日の晩はいつもの店へ。
仔牛のランプ肉をタタキにしたものを出してもらった。
ポンチュが35000円で入れた「村尾」をいただく。
8月16日
箱根大文字焼
しょせんは京都のパクリで宗教的意義は低く、まあ単なるイベントといったところか。
マヤさんの計らいで、仕事を抜け出し写真を撮りにいく。
2008年10月03日
箱根日記④
箱根にはタマアジサイというアジサイが七月頃から咲きだす。
この種類はほとんどが自生であり、つぼみは玉になっているのだが、それがはじけて花になる。
花は小さなガクアジサイかヤマアジサイのようでもあり、秋にかけて次々に花を咲かせるのだ。
8月5日
洗い場のスーパースターであるオオさんの送別会。
幹事はヨシさんと私、場所はいつもの店で。
店に行く前に、オオさんが洗い場のアル中婆さんにカツオをもらったというので部屋に持ってきてくれた。
すぐに私が刺身、タタキ、漬け、ラー油和えにしてマヤさんと三人で食べてみた。
さすがにオオさんを慕う人は多く、二十人近くは集まったかもしれない。
そんな中で、酒癖の悪い同じ洗い場のガンモ(38歳)に、ホールの女王様シノちゃん(34歳)がお仕置きをする。
店を出てから駅に移動、そこで洗い場の、これまたどうしようもないモタ(32歳)にオオさんが無理やり飲ませる。
どうしようもない三十路連中だ。
さらに線路に出て踏切の上でモタをシノちゃんがお仕置きをした。
その後、なぜかオオさんとポンチュが部屋に遊びにきた。
つぶれてしまうオオさん、これで翌日の遅刻決定。
このあたりから同室のアンさんも夜の宴会に加わり、ポンチュ、ヨシさんとの毎昼御飯に毎晩の宴会が開催され始めたのであった。
次の日の朝、モタのバックが無残にも駅のベンチに放置されていたのであった。
2008年10月02日
箱根日記③
同じ部屋のマヤさん(50歳)は、けっこういろんな料理をマメに作っていた。
私もよくおすそ分けをいただいたりしていたのだが、同じ洗い場のリーダーであるパッカ将軍(47歳)と、アル中婆さん(58歳)にもマヤさんは作った料理をマメにあげていた。
7月16日
そんなパッカ将軍がエサを求めに部屋にやってきた。

マヤさんはアル中婆さんから日頃のお返しとしてマグロの刺身をいただいていたので、それも肴に。
このときはヨシさんも来ていて、この夏にはバーベキューを盛大にやろう、という話になったのであった。

手作りのフォカッチャ切って振る舞うマヤさん。
この頃から、寮の近くの道端での宴会が毎夜開催されることとなる。
私はどこに行ってもやることは同じなのかもしれない。

写真は無遅刻無欠勤を誇る、洗い場のスーパースターであるオオさん(30歳)をつぶして翌日に遅刻させてしまった日の宴会である。
7月22日

姥子温泉秀明館まで歩いて行ってみた。
この頃の私には、まだこんな元気があったのである。
7月29日
いつも手料理を振舞ってくれるマヤさんを労おうと、「マヤさん慰労会」を開催することになった。
「マヤさんを労わるなら、そっと寝かせてあげたほうがいいですよ」というまわりの意見は完全に無視し、ヨシさんと小田原まで買い出しに行く。
箱根にはスーパーや気の利いた店がまったくないからである。

しかし、買出しと行ってもほとんど遠足気分である。
ずっと片手にはビール、そして昼間から飲むために立ち呑み屋の場所を交番に尋ねる。
もちろん婦警さんが呆れた顔をしていたことは言うまでもない。
帰ってからは私が料理をする。
アコウとキンキ(キンメダイ)のアラを買ってきたので、アコウはアラ煮、キンキはアラ汁にした。

おしつけ(アブラボウズ)の刺身

ヨシさんが作った豚の冷しゃぶサラダ

高野豆腐のから揚げ

茄子の素揚げ

椎茸とセロリの佃煮

豆腐田楽

トマト

しかし、雨が降ってきてしまったため、定位置の路上から駅へ移動。

料理と美女とみんなの愛情にマヤさんも大喜び(だったはず)。

ちょっとしたショータイムもあり、苦情もきたので解散となったのであった。

7月30日

割り下を使わない関西の「鶏のすき焼き」を、みんな食べたことがないと言うので作ってみた。
7月31日
いつもの店のマスターおススメの蕎麦をヨシさんと昼に食べに行く。

場所は強羅の太陽山荘の近く。

ほとんど民家といったところだろうか。
まずビールと鴨のタレ焼き(900円)を頼む。

本鴨であろうか、これは絶品である。
そして、肝心の「せいろそば」(700円)を。

これはかなり美味い。
舌の肥えたマスターが箱根で一番と言っていたが、それは過言ではない。
この時から、ここにはよく通うようになった。
その日の晩、いつもの店でヨシさんに超貴重な「森伊蔵」をいただく。

卸値で確か27000円だったと思う。
なかなか飲むことのできない焼酎を味わうことができた。
8月3日

ヨシさんが小田原の港のイベントで、干物作成の講習を受けてきたため、さばいたアジを廊下に干す。
もう何でもありの、ありえない光景でもある。
8月4日

二ノ平のレストラン「おもと」でヨシさんとランチ。
ここはちゃんと作っている店で、マヨネーズやドレッシングなどももちろん手作り。
カツカレーを頼んだが、カツは香ばしく美味。
ビールがすすんだことは言うまでもない。

その後、宮ノ下まで下りて買い物。

富士屋ホテルのカレーパンを肴にここでもビール。

8月5日
朝5時、前日からずっと飲んでいた酔っ払いのヨシさん、ホールのヒロくん(26歳)、メイちゃん(27歳)、ポンチュ(29歳)の襲撃に遭い、起こされる。

ドアを開けると、泡盛のボトルを片手に持ったポンチュが一人で立っていた。
もう無茶苦茶である。
私もよくおすそ分けをいただいたりしていたのだが、同じ洗い場のリーダーであるパッカ将軍(47歳)と、アル中婆さん(58歳)にもマヤさんは作った料理をマメにあげていた。
7月16日
そんなパッカ将軍がエサを求めに部屋にやってきた。
マヤさんはアル中婆さんから日頃のお返しとしてマグロの刺身をいただいていたので、それも肴に。
このときはヨシさんも来ていて、この夏にはバーベキューを盛大にやろう、という話になったのであった。
手作りのフォカッチャ切って振る舞うマヤさん。
この頃から、寮の近くの道端での宴会が毎夜開催されることとなる。
私はどこに行ってもやることは同じなのかもしれない。
写真は無遅刻無欠勤を誇る、洗い場のスーパースターであるオオさん(30歳)をつぶして翌日に遅刻させてしまった日の宴会である。
7月22日
姥子温泉秀明館まで歩いて行ってみた。
この頃の私には、まだこんな元気があったのである。
7月29日
いつも手料理を振舞ってくれるマヤさんを労おうと、「マヤさん慰労会」を開催することになった。
「マヤさんを労わるなら、そっと寝かせてあげたほうがいいですよ」というまわりの意見は完全に無視し、ヨシさんと小田原まで買い出しに行く。
箱根にはスーパーや気の利いた店がまったくないからである。
しかし、買出しと行ってもほとんど遠足気分である。
ずっと片手にはビール、そして昼間から飲むために立ち呑み屋の場所を交番に尋ねる。
もちろん婦警さんが呆れた顔をしていたことは言うまでもない。
帰ってからは私が料理をする。
アコウとキンキ(キンメダイ)のアラを買ってきたので、アコウはアラ煮、キンキはアラ汁にした。
おしつけ(アブラボウズ)の刺身
ヨシさんが作った豚の冷しゃぶサラダ
高野豆腐のから揚げ
茄子の素揚げ
椎茸とセロリの佃煮
豆腐田楽
トマト
しかし、雨が降ってきてしまったため、定位置の路上から駅へ移動。
料理と美女とみんなの愛情にマヤさんも大喜び(だったはず)。
ちょっとしたショータイムもあり、苦情もきたので解散となったのであった。
7月30日
割り下を使わない関西の「鶏のすき焼き」を、みんな食べたことがないと言うので作ってみた。
7月31日
いつもの店のマスターおススメの蕎麦をヨシさんと昼に食べに行く。
場所は強羅の太陽山荘の近く。
ほとんど民家といったところだろうか。
まずビールと鴨のタレ焼き(900円)を頼む。
本鴨であろうか、これは絶品である。
そして、肝心の「せいろそば」(700円)を。
これはかなり美味い。
舌の肥えたマスターが箱根で一番と言っていたが、それは過言ではない。
この時から、ここにはよく通うようになった。
その日の晩、いつもの店でヨシさんに超貴重な「森伊蔵」をいただく。
卸値で確か27000円だったと思う。
なかなか飲むことのできない焼酎を味わうことができた。
8月3日
ヨシさんが小田原の港のイベントで、干物作成の講習を受けてきたため、さばいたアジを廊下に干す。
もう何でもありの、ありえない光景でもある。
8月4日
二ノ平のレストラン「おもと」でヨシさんとランチ。
ここはちゃんと作っている店で、マヨネーズやドレッシングなどももちろん手作り。
カツカレーを頼んだが、カツは香ばしく美味。
ビールがすすんだことは言うまでもない。
その後、宮ノ下まで下りて買い物。
富士屋ホテルのカレーパンを肴にここでもビール。
8月5日
朝5時、前日からずっと飲んでいた酔っ払いのヨシさん、ホールのヒロくん(26歳)、メイちゃん(27歳)、ポンチュ(29歳)の襲撃に遭い、起こされる。
ドアを開けると、泡盛のボトルを片手に持ったポンチュが一人で立っていた。
もう無茶苦茶である。
2008年10月02日
箱根日記②
話は多少前後するが、箱根での毎日を綴ってゆこう。
6月25日
寮の近くに一軒しかない飲み屋に初めて行く。
ここはマスターが半ば趣味のようにしてやっている店だ。
美味いものや美味い酒を安くで提供してくれる。
マスターとママは気さくでとてもよい人たち。
そして客は、私が勤務しているホテルと、そのグループ経営のホテルの従業員ばかりである。
ついでにこの店の大常連であるヨシさん(27歳)は洗い場の先輩。
その後、ヨシさんとは毎日寝ている時以外は、ほとんどいっしょにいるという仲になってしまったのであった。
7月3日
箱根湯本まで下り、ぶらぶらと散策する。
途中でサルの群れと遭遇した。
7月8日
宮城野を散歩したあと、箱根湿性花園に行く。
天気はあまりよくなかったが、地味な私好みの山野草などを見ることができてよかった。
7月12日
仕事のため12日から15日まで京都に帰っていた。
ホテルの人たちへの土産は、京都の漬物と、いただいたグリーンティー。
どちらもかなり好評であり、グリーンティーは後日わざわざ取り寄せたぐらいである。
(この間にもちゃんと温泉には入ってました。そんな温泉記事はこちらに綴ってあります→『お湯を尋ねて三千里』)
2008年10月01日
箱根日記①
約三か月にわたる箱根生活。

公私ともに(いや「私」のほうだけか?)忙しい毎日を送っていたために、ブログの更新も途中からはほとんどできなかった。
なぜ、私が箱根で生活をしていたのか? そんな疑問を持たれていた方もおられるだろう。

私はこの三ヶ月間、箱根の某ホテルで仕事をしていたのである。
そう、本職ではなく、いわゆる派遣会社から派遣されるリゾートバイトというやつだ。
本当は信州の温泉旅館を勤務地として希望していたのだが、六月から仕事ができる場所がほとんどなく、派遣会社からのすすめもあり箱根にしたのである。
仕事内容はホテルの洗い場勤務。とりあえず表にはあまり出たくはなかったので洗い場になった。
しかし、ここの洗い場はけっこう仕事がきつい。
十人ほどで仕事をしているのだが、みんなとてもいい人たちで、しかも仕事ができる。
ついてゆくのがやっとであったのだ。

リゾートバイトなので、もちろん住み込みである。
寮は箱根登山鉄道で二駅ほど離れたところにあるので、トコトコと走る箱根登山鉄道で通勤をするのである。
六月から七月にかけての箱根登山電車は「あじさい電車」、沿線に植えられた紫陽花を楽しみながらの通勤となったのであった。



ついでに食事は二食付いていたが、これはあまり美味しいとは言えない弁当であった。
男子寮は、3DKの部屋に3人が住むようになっている。
それぞれの部屋は独立して鍵がかかるため、キッチン、トイレ、風呂が共同の個室と考えればよい。
同室の二人は、同じ洗い場で私より2週間ほど先輩であるマヤさん(50歳)と、マッサージ勤務のアンさん(32歳)、二人ともとてもいい人でよかった。

風呂は洗い場勤務の特権として、ホテルの風呂に入ることができた。
風呂はいちおう温泉、かけ流しだがかなり加水しているので、そのうちの一つの浴槽を除き、温泉としては大したことがなかったが、大浴場に入れると思えばありがたい。
勤務時間はだいたい一日に八時間前後。
朝食と夕食の洗い物をするため、昼間は仕事がない「中抜けシフト」である。
朝は6時半から8時の間に仕事が始まり、11時半頃まで。
夜は5時から6時の間に仕事が始まり、10時半頃まで。
しかし、この「中抜け」がクセモノである。
昼間から酒が飲めて昼寝までできてしまうのだ。
仕事を終えた後、昼間のビールはウマい。ついつい飲んでしまっていたのであった。

箱根の道端は歩いていると楽しい。
あまり外来種に侵食されていないためか、日本の花たちがひっそりと咲いている。
初めのほうは、そんな花たちを楽しみによく昼間に散歩をしていたのであった。

ここではこれから何回かに分けて、そんな箱根での日記を綴っていきたいと思う。
6月25日

蓬莱園を散歩。
蓬莱園はツツジの名所である庭園で無料で散策することができるのだ。
7月1日

大涌谷まで二時間かけて歩いてみた。

二年ぶりにここの硫黄の香りを嗅ぐ。
そして黒玉子なども買ってきたのであった。
7月3日

千條の滝へ散歩。
千條の滝は、幾筋もの流れが落ちてゆくためにそのような名前になったという。
(つづく)
公私ともに(いや「私」のほうだけか?)忙しい毎日を送っていたために、ブログの更新も途中からはほとんどできなかった。
なぜ、私が箱根で生活をしていたのか? そんな疑問を持たれていた方もおられるだろう。
私はこの三ヶ月間、箱根の某ホテルで仕事をしていたのである。
そう、本職ではなく、いわゆる派遣会社から派遣されるリゾートバイトというやつだ。
本当は信州の温泉旅館を勤務地として希望していたのだが、六月から仕事ができる場所がほとんどなく、派遣会社からのすすめもあり箱根にしたのである。
しかし、ここの洗い場はけっこう仕事がきつい。
十人ほどで仕事をしているのだが、みんなとてもいい人たちで、しかも仕事ができる。
ついてゆくのがやっとであったのだ。
リゾートバイトなので、もちろん住み込みである。
寮は箱根登山鉄道で二駅ほど離れたところにあるので、トコトコと走る箱根登山鉄道で通勤をするのである。
六月から七月にかけての箱根登山電車は「あじさい電車」、沿線に植えられた紫陽花を楽しみながらの通勤となったのであった。
ついでに食事は二食付いていたが、これはあまり美味しいとは言えない弁当であった。
男子寮は、3DKの部屋に3人が住むようになっている。
それぞれの部屋は独立して鍵がかかるため、キッチン、トイレ、風呂が共同の個室と考えればよい。
同室の二人は、同じ洗い場で私より2週間ほど先輩であるマヤさん(50歳)と、マッサージ勤務のアンさん(32歳)、二人ともとてもいい人でよかった。
風呂は洗い場勤務の特権として、ホテルの風呂に入ることができた。
風呂はいちおう温泉、かけ流しだがかなり加水しているので、そのうちの一つの浴槽を除き、温泉としては大したことがなかったが、大浴場に入れると思えばありがたい。
勤務時間はだいたい一日に八時間前後。
朝食と夕食の洗い物をするため、昼間は仕事がない「中抜けシフト」である。
朝は6時半から8時の間に仕事が始まり、11時半頃まで。
夜は5時から6時の間に仕事が始まり、10時半頃まで。
しかし、この「中抜け」がクセモノである。
昼間から酒が飲めて昼寝までできてしまうのだ。
仕事を終えた後、昼間のビールはウマい。ついつい飲んでしまっていたのであった。
箱根の道端は歩いていると楽しい。
あまり外来種に侵食されていないためか、日本の花たちがひっそりと咲いている。
初めのほうは、そんな花たちを楽しみによく昼間に散歩をしていたのであった。
ここではこれから何回かに分けて、そんな箱根での日記を綴っていきたいと思う。
6月25日
蓬莱園を散歩。
蓬莱園はツツジの名所である庭園で無料で散策することができるのだ。
7月1日
大涌谷まで二時間かけて歩いてみた。
二年ぶりにここの硫黄の香りを嗅ぐ。
そして黒玉子なども買ってきたのであった。
7月3日
千條の滝へ散歩。
千條の滝は、幾筋もの流れが落ちてゆくためにそのような名前になったという。
(つづく)
2008年09月22日
2008年09月13日
ぶらり西伊豆
かなりの多忙により、最近ブログの更新がまったくできていない。
そんな箱根での毎日だが、たまたまある日の午後と次の日の夕方までが休みとなったので、ぶらっとどこかへ出かけることにした。
まず向かったのは沼津港。

魚が揚がるだけあって、けっこういろんな店が立ち並んでいる。
そんな中で入ってみたある店。
まず、注文したのはカマスの刺身。

カマスの刺身なんてなかなかお目にかかれないのだが、淡白なイメージのカマスながら意外にもほんのりと脂がのって美味しい。
そして目当ての地魚天丼。

地物の魚が豪快に一匹丸々天ぷらとなってご飯の上に載っている。
さらにこの天丼についているのは海苔の味噌汁。これがまた風味豊かでたまらない。
お腹も膨れたので車を伊豆西海岸に走らせてゆく。
伊豆の西海岸はあまり行くことがなく、戸田(へた)あたりまではこれまで行ったことがなかった。
途中で車を停め戸田の海岸を眺める。

けっきょくこの日は土肥温泉まで行って泊まることにした。
「じゃらん」で調べて当日に予約したのは、土肥温泉のとある民宿。
素泊まりで一人3000円弱で宿泊することができた。

ただこの民宿、けっこう施設は老朽化しているが綺麗に掃除されており、何よりもたまらないのは源泉かけ流しの風呂に24時間入ることができるのだ。
これは温泉民宿を選ぶ上ではかなりポイントが高い。
夕方、宿に荷物を置き土肥の温泉街にて酒を飲める店を探す。
一軒目に入った店は最低の店だったので、ビール一杯で退散。
そして「深海魚寿司」の看板につられて二軒目に入ったのは「かね半」。
小奇麗な店内に入ってメニューも見ずに注文をしてみた。
「2000円ぐらいで刺身の盛り合わせはできますか?」
感じのよい若い大将は快く応じてくれた。
出てきた刺身盛り合わせはかなり素晴らしかった。

上段左から、イサキ、マイカ、アジ、下段左からクロムツ、ホウボウ、キンメダイ、ニベ。
どれも素晴らしい味がしてたまらない。
刺身をつけて食べる塩さえも素晴らしく洗練された味である。

ワサビは贅沢に真妻を使用。
ついつい酒がすすんでゆくうちに、一組の客が店に入ってきた。
「あのう、ここで釣った魚をさばいてくれるって聞いたんですけど」
「あー、いいですよ、手間賃さえいただけたら」
気さくな大将はどんどん魚をさばいてゆく。


そしてついでに私たちにもダツの刺身をおすそ分けしていただいた。

さらにサービスで山葵の茎の酢漬けを試食させてもらう。

春に漬け込んだだけあって辛味は少なくなっているが、これも美味である。
なぜか鯖の味醂干しも注文。

さんざん飲み食いして二人で5000円ほどだった。
この「かね半」はかなり素晴らしい店である。
素晴らしい食材を惜しげもなく安くで提供してくれる。
そして若い大将は食材の使い方がとても上手い。
ここは土肥温泉に行くならばぜひ立ち寄っていただきたい店である。
「かね半」
静岡県伊豆市土肥436-7
0558‐98‐0177
次の日は土肥の海岸をぶらりと散歩。

ここにも共同浴場があるのだが、今回は入らなかった。
仕事もあるので帰路を急ぐ。
また沼津に戻って昼食。
今度は「松福」にてとんこつラーメンを。

出てきたとんこつラーメンをけっこう濃厚な味だったが、麺は博多のイメージとは違ったのが少々残念だった。
そのまま仕事に行き、帰ってからはみんなで反省会。
今回のお土産は西伊豆加工の「イルカのタレ」と、本ワサビ。

イルカのタレは初めて食べたが、少し火を強めに通してから食べたほうが美味かった。
そして今回のメインのお土産である本山葵の「真妻」。

本当は大きいもので一本5000円ほどもする高級品。
これはなんとタダでいただいたものなのである。
しかしその折れたものなので安く手に入るらしく4本ももらってしまったのだ。
さっそく丁寧にすってみると、他のワサビとは違い粘り気が出てくるのだ。
香りも辛味も一級品。
海苔に載せて食べてみたりしたが、好評だったのは「山葵茶漬け」と「山葵うどん」。

やはり美味いものはシンプルに楽しむべきであったと感じたものであった。
今回はほんのわずかな時間であったが、久々に箱根の山を下りて有意義な楽しいひとときを過ごすことができてよかった。
そんな箱根での毎日だが、たまたまある日の午後と次の日の夕方までが休みとなったので、ぶらっとどこかへ出かけることにした。
まず向かったのは沼津港。
魚が揚がるだけあって、けっこういろんな店が立ち並んでいる。
そんな中で入ってみたある店。
まず、注文したのはカマスの刺身。
カマスの刺身なんてなかなかお目にかかれないのだが、淡白なイメージのカマスながら意外にもほんのりと脂がのって美味しい。
そして目当ての地魚天丼。
地物の魚が豪快に一匹丸々天ぷらとなってご飯の上に載っている。
さらにこの天丼についているのは海苔の味噌汁。これがまた風味豊かでたまらない。
お腹も膨れたので車を伊豆西海岸に走らせてゆく。
伊豆の西海岸はあまり行くことがなく、戸田(へた)あたりまではこれまで行ったことがなかった。
途中で車を停め戸田の海岸を眺める。
けっきょくこの日は土肥温泉まで行って泊まることにした。
「じゃらん」で調べて当日に予約したのは、土肥温泉のとある民宿。
素泊まりで一人3000円弱で宿泊することができた。
ただこの民宿、けっこう施設は老朽化しているが綺麗に掃除されており、何よりもたまらないのは源泉かけ流しの風呂に24時間入ることができるのだ。
これは温泉民宿を選ぶ上ではかなりポイントが高い。
夕方、宿に荷物を置き土肥の温泉街にて酒を飲める店を探す。
一軒目に入った店は最低の店だったので、ビール一杯で退散。
そして「深海魚寿司」の看板につられて二軒目に入ったのは「かね半」。
小奇麗な店内に入ってメニューも見ずに注文をしてみた。
「2000円ぐらいで刺身の盛り合わせはできますか?」
感じのよい若い大将は快く応じてくれた。
出てきた刺身盛り合わせはかなり素晴らしかった。
上段左から、イサキ、マイカ、アジ、下段左からクロムツ、ホウボウ、キンメダイ、ニベ。
どれも素晴らしい味がしてたまらない。
刺身をつけて食べる塩さえも素晴らしく洗練された味である。
ワサビは贅沢に真妻を使用。
ついつい酒がすすんでゆくうちに、一組の客が店に入ってきた。
「あのう、ここで釣った魚をさばいてくれるって聞いたんですけど」
「あー、いいですよ、手間賃さえいただけたら」
気さくな大将はどんどん魚をさばいてゆく。
そしてついでに私たちにもダツの刺身をおすそ分けしていただいた。
さらにサービスで山葵の茎の酢漬けを試食させてもらう。
春に漬け込んだだけあって辛味は少なくなっているが、これも美味である。
なぜか鯖の味醂干しも注文。
さんざん飲み食いして二人で5000円ほどだった。
この「かね半」はかなり素晴らしい店である。
素晴らしい食材を惜しげもなく安くで提供してくれる。
そして若い大将は食材の使い方がとても上手い。
ここは土肥温泉に行くならばぜひ立ち寄っていただきたい店である。
「かね半」
静岡県伊豆市土肥436-7
0558‐98‐0177
次の日は土肥の海岸をぶらりと散歩。
ここにも共同浴場があるのだが、今回は入らなかった。
仕事もあるので帰路を急ぐ。
また沼津に戻って昼食。
今度は「松福」にてとんこつラーメンを。
出てきたとんこつラーメンをけっこう濃厚な味だったが、麺は博多のイメージとは違ったのが少々残念だった。
そのまま仕事に行き、帰ってからはみんなで反省会。
今回のお土産は西伊豆加工の「イルカのタレ」と、本ワサビ。
イルカのタレは初めて食べたが、少し火を強めに通してから食べたほうが美味かった。
そして今回のメインのお土産である本山葵の「真妻」。
本当は大きいもので一本5000円ほどもする高級品。
これはなんとタダでいただいたものなのである。
しかしその折れたものなので安く手に入るらしく4本ももらってしまったのだ。
さっそく丁寧にすってみると、他のワサビとは違い粘り気が出てくるのだ。
香りも辛味も一級品。
海苔に載せて食べてみたりしたが、好評だったのは「山葵茶漬け」と「山葵うどん」。
やはり美味いものはシンプルに楽しむべきであったと感じたものであった。
今回はほんのわずかな時間であったが、久々に箱根の山を下りて有意義な楽しいひとときを過ごすことができてよかった。
2008年08月12日
2008年08月06日
かなりの贅沢
ここは料理の最低価格が2500円(牛ライス)とけっこうな値がする店なのだ。
たまには美味しいものを、と注文したのはミートパイ(3000円)。
サラダのドレッシングもレタスのスープも丁寧に作っているいい感じ。
サクサクのミートパイの中には風味の良い国産牛肉がこれでもかというぐらいに入っている。
もちろん食後のデザート、コーヒー付き。
箱根価格と考えても、決して安いとは言えないが、値段相応の味を楽しむことができた。


