2008年02月26日
エミの来襲
エミ、千葉県在住、年齢三十歳前後、紆余曲折を経てなぜか現在は看護師。
このエミという女性に出会ったのは昨年三月、小笠原諸島の父島でだった。

彼女は見た目は普通のキレイなおネエさんであるが、中身はネジが百本ほど抜けているようで、かなり飛んでいる。
私が出会ったときには、彼女は街でウエットスーツを着て、勝手に人のギョサンを履いていたのはいいが、それぞれの足には違う色の違うサイズのギョサンを間違えて履いているという姿であった。
彼女は小笠原ではほとんどウエットスーツかパジャマしか着ていなかったようであり、そんな彼女とも私は異人種を見るように酒を酌み交わしたものであった。
そんな彼女だが、転職で空いた時間を利用して、西日本一周波乗り車中泊の一人旅にでることになったようである。
私は四国から帰ってきて、何か悪い予感がしていた。
そして、私のメールアドレスを人づてに聞いたエミからとうとうメールがきたのである。
「覚えていますか? 覚えてないとは言わせません!」
そんなエミが早くも関西に乱入してきたのである。
関西が悪天候に見舞われたのは彼女のせいだろう。
この日、私は仕事でお世話になっている方に四天王寺を案内していただくことになっていた。
その前にエミは大坂城公園でホームレス生活を送っていたようである。
いい機会なので、エミに声をかけてみた。
「行く!」
よく晴れた昼下がり、私がエミを四天王寺の境内で待っていると、いきなりたくさんのハトに襲われた。今日も嫌な予感がする。

すごいハトの密度だ。
エミは南大門から現れた。
そして作務衣に雪駄という私の格好を見て笑っている。
どうも久しぶりに会ったとは思えない緊張感の無さである。
さらにお世話になっている会社の方にきていただき、四天王寺を案内していただく。
エミはなぜか打ち解けている。
この会社の方のおかげで四天王寺はほとんど顔パス状態。
私は恐縮しているが、エミはかなり楽しんでいる。

今度は、三原の宮大工の棟梁六組が集結する加工場に連れていってもらう。
こんなところは私も初めてであり、エミも興味深くいろんなものを見たり写真を撮ったりしていた。

実はエミは宮大工になろうとしたことがあったらしい。ヤツの頭の中はよくわからん。
この加工場では私の舎弟に久しぶりに会うことができた。
急に私が来たので動揺する舎弟。
動揺のあまり、「珍玄さん結婚は?」とかわけのわからないことを聞いてきやがる。
どうも舎弟はつい最近できちゃった結婚をしたらしい。
さらにエミを見て、「奥さんですか?」などと聞いてくるので、「そうや」と言ってやったらエミが激怒していた。
そしてエミに「今度飲みにいきましょう」と誘う舎弟。アホか、お前にそういうことを教えたわけとちゃうぞ。
加工場の見学を終えたあとは、この方の会社に連行される。
応接室にお通ししていただいたはいいが、私は作務衣に雪駄、エミはジーパンに汚れたブーツ、腰からはペットボトルを提げている。
「これは何かの罰ゲームやんな?」
応接室で部長さんとの会見を終えた一行は、場所を移してたこ焼きを食べに。
部長さんは「ホンマにたこ焼きでいいんですか?」と不安げだったが、エミと私は「たこ焼きがいいのです」と楽しんでいる。

会社の部長さんや課長さんを相手にたこ焼きを食いながら酒を飲むマイペースな二人。

しかしエミが日本酒を二回もこぼして私の下半身はびしょ濡れに。まったく困った女だ。
けっこうこのたこ焼きの宴は盛り上がったのであったが、ここでの会話の内容はひどいものであった。
たこ焼きをご馳走になってしまい、帰りはエミが車を置いている場所まで送っていただいたのであるが、なぜか飛田新地(有名な遊郭)をドライブすることに。
店にいる女の子を車の中から眺めながらエミは、
「おっ、あの子カワイイ、あー、あの子はイマイチやな」などと品定めをしている。オマエはオッサンか!
エミの車の近くまで送っていただいてからは、近くの居酒屋に入り焼酎を飲みながら反省会。
そして私は終電の時間もあったので、エミを店内に放置して帰ってきたのであった。
このエミという女性に出会ったのは昨年三月、小笠原諸島の父島でだった。
彼女は見た目は普通のキレイなおネエさんであるが、中身はネジが百本ほど抜けているようで、かなり飛んでいる。
私が出会ったときには、彼女は街でウエットスーツを着て、勝手に人のギョサンを履いていたのはいいが、それぞれの足には違う色の違うサイズのギョサンを間違えて履いているという姿であった。
彼女は小笠原ではほとんどウエットスーツかパジャマしか着ていなかったようであり、そんな彼女とも私は異人種を見るように酒を酌み交わしたものであった。
そんな彼女だが、転職で空いた時間を利用して、西日本一周波乗り車中泊の一人旅にでることになったようである。
私は四国から帰ってきて、何か悪い予感がしていた。
そして、私のメールアドレスを人づてに聞いたエミからとうとうメールがきたのである。
「覚えていますか? 覚えてないとは言わせません!」
そんなエミが早くも関西に乱入してきたのである。
関西が悪天候に見舞われたのは彼女のせいだろう。
この日、私は仕事でお世話になっている方に四天王寺を案内していただくことになっていた。
その前にエミは大坂城公園でホームレス生活を送っていたようである。
いい機会なので、エミに声をかけてみた。
「行く!」
よく晴れた昼下がり、私がエミを四天王寺の境内で待っていると、いきなりたくさんのハトに襲われた。今日も嫌な予感がする。
すごいハトの密度だ。
エミは南大門から現れた。
そして作務衣に雪駄という私の格好を見て笑っている。
どうも久しぶりに会ったとは思えない緊張感の無さである。
エミはなぜか打ち解けている。
この会社の方のおかげで四天王寺はほとんど顔パス状態。
私は恐縮しているが、エミはかなり楽しんでいる。
今度は、三原の宮大工の棟梁六組が集結する加工場に連れていってもらう。
こんなところは私も初めてであり、エミも興味深くいろんなものを見たり写真を撮ったりしていた。
実はエミは宮大工になろうとしたことがあったらしい。ヤツの頭の中はよくわからん。
この加工場では私の舎弟に久しぶりに会うことができた。
急に私が来たので動揺する舎弟。
動揺のあまり、「珍玄さん結婚は?」とかわけのわからないことを聞いてきやがる。
どうも舎弟はつい最近できちゃった結婚をしたらしい。
さらにエミを見て、「奥さんですか?」などと聞いてくるので、「そうや」と言ってやったらエミが激怒していた。
そしてエミに「今度飲みにいきましょう」と誘う舎弟。アホか、お前にそういうことを教えたわけとちゃうぞ。
加工場の見学を終えたあとは、この方の会社に連行される。
応接室にお通ししていただいたはいいが、私は作務衣に雪駄、エミはジーパンに汚れたブーツ、腰からはペットボトルを提げている。
「これは何かの罰ゲームやんな?」
応接室で部長さんとの会見を終えた一行は、場所を移してたこ焼きを食べに。
部長さんは「ホンマにたこ焼きでいいんですか?」と不安げだったが、エミと私は「たこ焼きがいいのです」と楽しんでいる。
会社の部長さんや課長さんを相手にたこ焼きを食いながら酒を飲むマイペースな二人。
しかしエミが日本酒を二回もこぼして私の下半身はびしょ濡れに。まったく困った女だ。
けっこうこのたこ焼きの宴は盛り上がったのであったが、ここでの会話の内容はひどいものであった。
たこ焼きをご馳走になってしまい、帰りはエミが車を置いている場所まで送っていただいたのであるが、なぜか飛田新地(有名な遊郭)をドライブすることに。
店にいる女の子を車の中から眺めながらエミは、
「おっ、あの子カワイイ、あー、あの子はイマイチやな」などと品定めをしている。オマエはオッサンか!
エミの車の近くまで送っていただいてからは、近くの居酒屋に入り焼酎を飲みながら反省会。
そして私は終電の時間もあったので、エミを店内に放置して帰ってきたのであった。
2008年02月26日
天翔の湯
一年以上前になるが、京都にもとうとうかけ流しの温泉銭湯ができたのである。
これは嬉しい。
以前から気になっていたのであるが、先日入ってきた。
ここは西大路七条を西に行ったところの北側にあり、いちおう狭いが駐車場もある。
地図はこちら

もとは大門湯という銭湯で、最近温泉を掘ったらしい。
もちろん銭湯料金で、シャンプーなどの備え付けはない。
浴室の奥が温泉エリアであり、この奥の浴槽には加温濾過した源泉を、露天風呂には加温した源泉をかけ流しで使用している。

源泉は35度のナトリウムー塩化物泉。
露天風呂の湯は薄い土色に濁っていて適温。
そして露天風呂には飲泉場もあり、飲むとけっこうなしょっぱさと苦さがある。

ここは気軽に楽しめる温泉銭湯としてはかなり良い銭湯であると言えるだろう。
近くにあれば毎日でも通いたくなる銭湯であった。
これは嬉しい。
以前から気になっていたのであるが、先日入ってきた。
ここは西大路七条を西に行ったところの北側にあり、いちおう狭いが駐車場もある。
もとは大門湯という銭湯で、最近温泉を掘ったらしい。
もちろん銭湯料金で、シャンプーなどの備え付けはない。
浴室の奥が温泉エリアであり、この奥の浴槽には加温濾過した源泉を、露天風呂には加温した源泉をかけ流しで使用している。
源泉は35度のナトリウムー塩化物泉。
露天風呂の湯は薄い土色に濁っていて適温。
そして露天風呂には飲泉場もあり、飲むとけっこうなしょっぱさと苦さがある。
ここは気軽に楽しめる温泉銭湯としてはかなり良い銭湯であると言えるだろう。
近くにあれば毎日でも通いたくなる銭湯であった。
2008年02月26日
海癒の湯
四国で面白い場所を見つけた。
地図はこちら
それは寒いある日、足摺岬方面に向かいひたすら歩いていた私は、大伎の浜あたりで白いリゾートホテルのような建物に隣接する「海癒の湯」という看板のかかった建物を見つける。
「温泉だろうか?」
かなり気になった私だが、その時はもう日も落ちていて、寝場所を探すのに必死であったため、その場を通り過ぎた。
翌日、足摺岬に辿り着いた私は金剛福寺にお参りをし、足摺テルメに入浴、そのまま夜まで歩き土佐清水の港近くまで行き野宿をした。
しかし、前日に見かけた入浴施設のことがなんとなく気になっていたのであった。
さらにその翌日、またこの「海癒の湯」の前を通ったので、中に入ってみることにした。

靴を脱いでスリッパに履き替え中に入り、受付の女性に、「ここは温泉なんですか?」と訊ねる。
帰ってきた言葉の「温泉」という響きに嬉しくなり、さっそく入らせていただく。
明るい受付のある部屋から浴室までは木の渡り廊下を通ってゆく。

自然の光がほのかに明るい脱衣場も浴室も落ち着いていて居心地がいい。

浴室に入ると、浴槽が二つ。
そして低温サウナと、天然水の水風呂が一つ。

この浴槽は向かって右側のほうに、わざわざ薪で炊かれた源泉を投入し、かけ流しにしている。

源泉は28℃のナトリウムー塩化物炭酸水素塩低温泉、浴槽に注がれた湯は適温で僅かに色づき、かなりのヌルヌル感がある。
入ればかけ流しの象徴でもある、ザーっと湯の溢れる音がいい。
窓からは海がよく見える。
ここは湯を味わう空間であると感じた。
浴室には備え付けの純石鹸があるのみ。
金タライのボコボコ感もなかなかいい。

また落ち着けるように、照明はわざと暗くしてある。
これもいい。
だいたい今までの日本人は、蛍光灯信仰や、塩素消毒信仰に犯されているのである。
それを打ち消すかのようなこれらの演出は素晴らしい。
湯浴みをのんびりと楽しんでから、受付にいた岡田充弘氏とお話をすることができた。

この温泉の基本は、「五十年前に戻す」ということであるらしい。
そのために源泉かけ流しや、薪で炊くといったことにこだわっているという。
この発想はとても共感できる。
今、中国の冷凍ギョーザ問題で農薬などのことが騒がれているが、以前の日本でも危険な農薬はたくさん使われていたし、環境汚染も深刻で、自然さえもコンクリートで固めればそれでいいといった風潮がいまだに残っている。
そしてそれらのことがなければ、トキもコウノトリも乱獲だけでは絶滅に追いやられることはなかっただろう。
この「自然」というものにこだわるという行為こそ、現代社会がいかに「自然ではない」かわかるのであるのだが、最低限この「自然」の中でしか湯治の意味も効果もないと考えられる。
「海癒の湯」はそんなことを改めて感じることができる施設でもあろう。

この「海癒」はもともと滞在型の宿泊施設である。
となりの元はホテルであった大きな建物を改装し、中には天然素材の内装などを入れてたくさんの人を受け入れているという。

今度私がここに来るときには、ぜひ何日かかけて大伎の浜の自然と「海癒の湯」をゆっくりと味わってみたいと思う。
海癒のホームページと岡田氏のブログはこちら
それは寒いある日、足摺岬方面に向かいひたすら歩いていた私は、大伎の浜あたりで白いリゾートホテルのような建物に隣接する「海癒の湯」という看板のかかった建物を見つける。
「温泉だろうか?」
かなり気になった私だが、その時はもう日も落ちていて、寝場所を探すのに必死であったため、その場を通り過ぎた。
翌日、足摺岬に辿り着いた私は金剛福寺にお参りをし、足摺テルメに入浴、そのまま夜まで歩き土佐清水の港近くまで行き野宿をした。
しかし、前日に見かけた入浴施設のことがなんとなく気になっていたのであった。
さらにその翌日、またこの「海癒の湯」の前を通ったので、中に入ってみることにした。
靴を脱いでスリッパに履き替え中に入り、受付の女性に、「ここは温泉なんですか?」と訊ねる。
帰ってきた言葉の「温泉」という響きに嬉しくなり、さっそく入らせていただく。
明るい受付のある部屋から浴室までは木の渡り廊下を通ってゆく。
自然の光がほのかに明るい脱衣場も浴室も落ち着いていて居心地がいい。
浴室に入ると、浴槽が二つ。
そして低温サウナと、天然水の水風呂が一つ。
この浴槽は向かって右側のほうに、わざわざ薪で炊かれた源泉を投入し、かけ流しにしている。
源泉は28℃のナトリウムー塩化物炭酸水素塩低温泉、浴槽に注がれた湯は適温で僅かに色づき、かなりのヌルヌル感がある。
入ればかけ流しの象徴でもある、ザーっと湯の溢れる音がいい。
窓からは海がよく見える。
ここは湯を味わう空間であると感じた。
浴室には備え付けの純石鹸があるのみ。
金タライのボコボコ感もなかなかいい。
また落ち着けるように、照明はわざと暗くしてある。
これもいい。
だいたい今までの日本人は、蛍光灯信仰や、塩素消毒信仰に犯されているのである。
それを打ち消すかのようなこれらの演出は素晴らしい。
湯浴みをのんびりと楽しんでから、受付にいた岡田充弘氏とお話をすることができた。
この温泉の基本は、「五十年前に戻す」ということであるらしい。
そのために源泉かけ流しや、薪で炊くといったことにこだわっているという。
この発想はとても共感できる。
今、中国の冷凍ギョーザ問題で農薬などのことが騒がれているが、以前の日本でも危険な農薬はたくさん使われていたし、環境汚染も深刻で、自然さえもコンクリートで固めればそれでいいといった風潮がいまだに残っている。
そしてそれらのことがなければ、トキもコウノトリも乱獲だけでは絶滅に追いやられることはなかっただろう。
この「自然」というものにこだわるという行為こそ、現代社会がいかに「自然ではない」かわかるのであるのだが、最低限この「自然」の中でしか湯治の意味も効果もないと考えられる。
「海癒の湯」はそんなことを改めて感じることができる施設でもあろう。
この「海癒」はもともと滞在型の宿泊施設である。
となりの元はホテルであった大きな建物を改装し、中には天然素材の内装などを入れてたくさんの人を受け入れているという。
今度私がここに来るときには、ぜひ何日かかけて大伎の浜の自然と「海癒の湯」をゆっくりと味わってみたいと思う。
海癒のホームページと岡田氏のブログはこちら
2008年02月26日
凍る四国
今回の四国は二月六日から二月二十日まで、第三十一番札所から第四十番札所までを歩いた。
そのうち一日は雨でまったく動くことができず、また最後のほうでは一日に40キロほど歩いた日もあったのであった。
とにかく今回は寒かった。
地元の人も、「おかしいぐらい冷やこい」と言っていたほどだ。
テントの内側に着いた水滴は朝起きてみると完全に氷となっている。
そして太陽が昇り、氷を溶かしてさらに水滴を乾かすまで、かなりの時間が必要なのである。
さらに今回は札所間が最長90キロをはじめ全体的に長く、ほとんど歩いているだけと言った毎日であった。
次回は三月一日、もしくは三月九日以降に四国の宇和島に戻る。
なかなか仕事が飛び飛びに入ってくるので自由があまりきかないのであった。
2008年02月06日
2008年02月04日
ゆららの湯押熊店 ならやまの湯
京都との府境付近の平城山ニュータウンにあるスーパー銭湯。
源泉は32度の単純温泉。
よく見るとほんの僅か湯が白みがかっているようにも見えるが大した特徴はない。
私が入ったこの日の露天風呂はバリ風らしい。
どこがバリなのかはあまり理解できなかったが。
2008年02月03日
ユーバス守口店・佐太あい宿の湯
守口にあるスーパー銭湯。
源泉は33度の単純温泉。
広い内湯などに温泉は使われているが、加温循環濾過消毒のため浴感はあまりない。
ただ、露天風呂にあるぬるい壷湯だけは源泉かけ流しとなっている。
湯温は33度のままで湯を加工していないせいか、湯口では硫黄臭がするなかなか良いものである。
しかし、ここは人が多い。
そのため二つしかない壷湯は取り合いになっている。
私は壷湯のすぐ近くに座り込み、壷湯に浸かっている人をずっと見ながら待っていた。
すると私の強烈な視線に気づいたその人は、自分が浸かっている壷湯を指差し、私がうなずくとすぐどいてくれた。やはり競争が激しい場所においては自己主張も強めでなければいけないのかもしれない。
2008年02月02日
四国往復
私は十二月の半ばから、一月の末までに四国を三往復している。
もちろん四国へは遍路のため行っており、と言うか四国で野宿生活を送っているほうが今は主となっているのだろうか。
こんな私でも十二月から二月まではちょこちょこと仕事があり、そのためにわざわざ戻ってきているのだ。
この仕事が私にとってはかなりの足かせとなっていて、そのために遠出はほとんどできない。しかし、そのために過酷な四国での野宿生活の疲れを癒すいい骨休めともなっているのである。
二月には二回ほど仕事がある。
またさらに四国への往復の回数が増えるだろう。
せっかく仕事をしたとしても、往復の旅費に消えていってしまうのはどうかとも思うのだが。


