2008年03月23日
遍路はお休み
遍路をお休みにして道後温泉などを堪能する。
いくら貧乏遍路とはいえ、さすがに道後温泉を素通りするわけにはいかない。
写真は道後温泉本館・霊の湯二階席。
湯上がりに浴衣で座敷の窓際にて涼む。
遍路途中では考えられないくつろぎの贅沢な時間である。
2008年03月12日
2008年03月01日
洋食の店 「やをりき」
京阪本線橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」、駅の改札口からわずか徒歩三秒という場所にこの店はある。
地図はこちら

この店は雰囲気が素晴らしい。
外観は比較的新しくなっているが、味のある看板などはそのままである。

橋本駅の周辺はとても静かなので、この店も外から見ると営業をしているのかわからない、または入り辛いという声もあるが、暖簾がかかっているときは営業をしているのだ。(日曜定休)
少しこれまた味のある扉を押して中に入ると、懐かしさ溢れる、いや、懐かしいを通り越して穏やかに印象に残る落ち着いた店内がそこには広がるのである。

現在は三代目にあたるというおばあさんが、一人で店を頑張ってやっている。
メニューにも懐かしさが感じられる。

私たちはチキンライスとヤキメシ、トンカツとビールを注文した。

ここの食事はおばあさんが丁寧にその場で作ってくれる懐かしい味。
ソースも手作りであるため、ほんのりと香る味がたまらない。
実はこの店、昭和のはじめ頃からあるのだが、その時は二階がカフェーで、一階は洋食屋であったらしい。当時としてはかなりハイカラな店であったようだ。

その名残を残しているのは一階だけではあるが、そこには先々代から受け継がれた内装と大きな大きな時計が壁にかかっている。

おばあさんはいろいろなことを教えてくれた。
遊郭があったときは大賑わいであったこと、赤線廃止で遊郭がなくなったあとも比較的大きな会社があったため忙しかったらしいが、それもなくなったため今は暇で、老人の集会所となっているという。
店の中の大きな鏡には「清酒」と文字が戦前のように右から書かれている。
棚の小さな鏡にも、右から書かれた「アサヒビール」の文字が、松竹梅の一升瓶にはコルク栓と、骨董品がかなり多い。
それでもおばあさんは、「よう売ってくれと言われますけど、おじいさんから大事に受け継いだものやから私が生きてる間は売りませんねん」と店とともに守っている。

風情ある橋本の街並みは保存されるどころか、古い建物などに対しての保護はまったく対策がされていない。
この日も素晴らしい建築物があった場所が、取り壊されているのを見かけた。
どんどん素晴らしい古い建物がなくなっていく橋本で、この店はこのままいつまでも続けてほしいものである。
この店は雰囲気が素晴らしい。
外観は比較的新しくなっているが、味のある看板などはそのままである。
橋本駅の周辺はとても静かなので、この店も外から見ると営業をしているのかわからない、または入り辛いという声もあるが、暖簾がかかっているときは営業をしているのだ。(日曜定休)
少しこれまた味のある扉を押して中に入ると、懐かしさ溢れる、いや、懐かしいを通り越して穏やかに印象に残る落ち着いた店内がそこには広がるのである。
現在は三代目にあたるというおばあさんが、一人で店を頑張ってやっている。
メニューにも懐かしさが感じられる。
私たちはチキンライスとヤキメシ、トンカツとビールを注文した。
ここの食事はおばあさんが丁寧にその場で作ってくれる懐かしい味。
ソースも手作りであるため、ほんのりと香る味がたまらない。
実はこの店、昭和のはじめ頃からあるのだが、その時は二階がカフェーで、一階は洋食屋であったらしい。当時としてはかなりハイカラな店であったようだ。
その名残を残しているのは一階だけではあるが、そこには先々代から受け継がれた内装と大きな大きな時計が壁にかかっている。
おばあさんはいろいろなことを教えてくれた。
遊郭があったときは大賑わいであったこと、赤線廃止で遊郭がなくなったあとも比較的大きな会社があったため忙しかったらしいが、それもなくなったため今は暇で、老人の集会所となっているという。
棚の小さな鏡にも、右から書かれた「アサヒビール」の文字が、松竹梅の一升瓶にはコルク栓と、骨董品がかなり多い。
それでもおばあさんは、「よう売ってくれと言われますけど、おじいさんから大事に受け継いだものやから私が生きてる間は売りませんねん」と店とともに守っている。
風情ある橋本の街並みは保存されるどころか、古い建物などに対しての保護はまったく対策がされていない。
この日も素晴らしい建築物があった場所が、取り壊されているのを見かけた。
どんどん素晴らしい古い建物がなくなっていく橋本で、この店はこのままいつまでも続けてほしいものである。
2008年03月01日
すみれ寿司
京都の繁華街である河原町通の蛸薬師を東に入ったところにある「すみれ寿司」。
地図はこちら
カウンターだけの小さな店であるが、この店は知る人ぞ知る名店なのである。

実はここの大将の高橋秋水氏は私の親友であり、お父さんである先代にも子供の頃から大変お世話になったものである。
親友の店だから店の紹介を書くわけではない。
ここは私が怒りたくなるような店であるから書くのである。
なぜ私が怒りたくなるのか、それは「こんなもの出すな!」と言いたくなるようなもの(ネタ)を平気で出してくるからだ。
ネタが悪いから怒るのではない、ネタが良すぎて「こんなものばかり惜し気もなく出していたら儲けなどない」という心配から怒りたくなるのだ。
事実、いいものばかり出しすぎて店はあまり儲かってないようである。
先代は、「オススメは?」と客に聞かれると、「全部オススメや、うちは客に出せへんようなもんは置いてない」と答えていたらしい。
事実、素晴らしいネタを豪快に出すのがこの店の流儀である。
ネタの鮮度については語るまでのこともなく、海苔巻きを頼めばシャリの何倍かの大きさの具が飛び出している。鯖の棒寿司の身はこれでもかというぐらいに新鮮で肉厚であり、赤出汁を頼めば一回り大きな椀に豪快な魚の切り身が入っている。
そんな頑固な職人である先代のやり方を、今の大将もしっかりと引き継いでやっているので心配になるのだ。
そんな店だけに根強い常連客は多い。
しかも舌の肥えた客や文化人たちが集まってくるので、ますます手が抜けないだろう。
高橋秋水氏も様々な濃い人たちを夜な夜な相手にしているだけに博学で知識も豊富である。
さらに営業時間は夕方五時から朝五時までという長丁場。
日の暮れた時間から、日が昇る時間までいつ行っても開いているから嬉しくなる。
私ももう少し落ち着いたら、ここに通いつめてみたいものだと思っているのであった。
「すみれ寿司」
京都市中京区木屋町蛸薬師西入
電話:075-211-1089
席数:カウンター9席
予算:3000円から(10000円あれば大盤振る舞いしてもたぶん大丈夫)
営業時間:17:00~5:00
定休日:月(祝日の場合営業)
カウンターだけの小さな店であるが、この店は知る人ぞ知る名店なのである。
実はここの大将の高橋秋水氏は私の親友であり、お父さんである先代にも子供の頃から大変お世話になったものである。
親友の店だから店の紹介を書くわけではない。
ここは私が怒りたくなるような店であるから書くのである。
なぜ私が怒りたくなるのか、それは「こんなもの出すな!」と言いたくなるようなもの(ネタ)を平気で出してくるからだ。
ネタが悪いから怒るのではない、ネタが良すぎて「こんなものばかり惜し気もなく出していたら儲けなどない」という心配から怒りたくなるのだ。
事実、いいものばかり出しすぎて店はあまり儲かってないようである。
先代は、「オススメは?」と客に聞かれると、「全部オススメや、うちは客に出せへんようなもんは置いてない」と答えていたらしい。
事実、素晴らしいネタを豪快に出すのがこの店の流儀である。
ネタの鮮度については語るまでのこともなく、海苔巻きを頼めばシャリの何倍かの大きさの具が飛び出している。鯖の棒寿司の身はこれでもかというぐらいに新鮮で肉厚であり、赤出汁を頼めば一回り大きな椀に豪快な魚の切り身が入っている。
そんな頑固な職人である先代のやり方を、今の大将もしっかりと引き継いでやっているので心配になるのだ。
そんな店だけに根強い常連客は多い。
しかも舌の肥えた客や文化人たちが集まってくるので、ますます手が抜けないだろう。
高橋秋水氏も様々な濃い人たちを夜な夜な相手にしているだけに博学で知識も豊富である。
さらに営業時間は夕方五時から朝五時までという長丁場。
日の暮れた時間から、日が昇る時間までいつ行っても開いているから嬉しくなる。
私ももう少し落ち着いたら、ここに通いつめてみたいものだと思っているのであった。
「すみれ寿司」
京都市中京区木屋町蛸薬師西入
電話:075-211-1089
席数:カウンター9席
予算:3000円から(10000円あれば大盤振る舞いしてもたぶん大丈夫)
営業時間:17:00~5:00
定休日:月(祝日の場合営業)
2008年03月01日
エミとの五日間
エミは嵐のように現れて、嵐のように去って行った。
この五日間はなぜかエミと過ごした。
「過ごした」と言えば響きはいいが、「ただ異質なものが横にいた」というだけである。
五日間のうち二日間は、エミは昼間にひとりで観光をしていたのであるが。
ここではそんなエミとの行動について書いてみよう。
一日目、天王寺のとある店にエミをポイ捨てして、終電で帰る。
エミ怒る。
「アンタ、いきなり放置プレイかよ!」
店の人に、「なんなんだアイツは」と愚痴っていたらしい。
二日目、大雨。
ヤツは古都に大雨をもたらしたみたいだ。
エミはひとりで鞍馬寺、上賀茂神社にお参り。
夕方合流するはずが、エミが長風呂のため待ち合わせたのは九時になってから。
祇園の片隅で「おばんざい」を肴に酒を飲む。

そして店を出てから新橋を通り白川沿いを歩く。
四条大橋を渡り、先斗町経由で蛸薬師通りにある「すみれ寿司」へ。
「すみれ寿司」の大将は、私の親友の高橋秋水くんである。
ここは相変わらずいいものを出してくれる。
しかし、大将とエミのせいで終電を逃してしまった。
店にある酒の銘柄すべてを飲むエミと私。
けっきょく朝五時まで飲んで始発で帰ることになる。
もちろんエミをこの日も放置したまま。
「あいつはいつもやから」と大将に同情されるエミ。
このあと私は始発電車で寝過ごし大阪まで行き、さらに降りる駅を間違えるなどして家に着くまで二時間半もかかったのであった。
三日目、エミは酒臭い車内でこの日も目を覚ます。
エミはひとりで伏見稲荷大社にお参り。

エミは門前でお土産に稲荷寿司を買ってきてくれたのだが、スズメの焼き鳥にするかずいぶん迷ったらしい。
このあたりの選択はエミらしいが、けっきょくスズメの焼き鳥はエミだけが食べたらしい。
スズメの焼き鳥は私の大好物であるというのに、この飲兵衛女め。
夕方に合流し、上方温泉一休京都本館に行く。
この頃にはもう外は吹雪となっていたのである。
エミは雨女じゃなく、大荒れ女だ。
それからこの日は三時まで飲んでいた。
四日目、朝から昼過ぎまでエミと卓上旅行をする。
「あそこもいい、そこもいい」
「あそこも行きたい、そこも行きたい」
「あそこも行け、そこも行け」
「あそこも行く、そこも行く」
そんなことを言いながらダラダラ過ごす。
これではいけないと思い、観光をする。
石清水八幡宮、善法律寺、流れ橋、樟葉宮跡地など。
エミは流れ橋が気に入ったようだ。

そしてこの日も二時まで飲む。
五日目、いちおう最終日。
エミに乗せてもらい四国に行こうと考えていたが、仕事の都合で断念することに。
この日も卓上旅行が続いたが、昼をかなりまわってから出ることに。
その前に遅い昼食をともにする。
選んだ店は、京阪橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」
ここは素晴らしい店である。
店内は昭和初期からほとんどそのままといった素晴らしい雰囲気であり、料理は昔ながらの手作り。
エミと私はチキンライスとヤキメシ、トンカツを頼み、私はビールを飲む。
ビールを味わう私に、おあずけのエミは一言、「オマエ殺すぞ」。
その後、おかみさんから店や橋本の歴史などの話をまったりと伺い、さらに時間の止まったような店内でダラダラと過ごす。
店を出たあとは元は遊郭である橋本の街並みを散策し、エミの車まで行く。

ここで別れるのだが、もちろんエミの車を見送ることはない。
「じゃあ」と言い私は帰ってきたのであった。

よく考えてみるとエミと会ったのは二回目だった。
そんなことをまったく気にもせず過ごした、緊張感のない五日間であった。
エミはそれから四国に向かった。
私の清らかな修行場である四国では、ヤツとは会いたくないものである。
この五日間はなぜかエミと過ごした。
「過ごした」と言えば響きはいいが、「ただ異質なものが横にいた」というだけである。
五日間のうち二日間は、エミは昼間にひとりで観光をしていたのであるが。
ここではそんなエミとの行動について書いてみよう。
一日目、天王寺のとある店にエミをポイ捨てして、終電で帰る。
エミ怒る。
「アンタ、いきなり放置プレイかよ!」
店の人に、「なんなんだアイツは」と愚痴っていたらしい。
二日目、大雨。
ヤツは古都に大雨をもたらしたみたいだ。
エミはひとりで鞍馬寺、上賀茂神社にお参り。
夕方合流するはずが、エミが長風呂のため待ち合わせたのは九時になってから。
祇園の片隅で「おばんざい」を肴に酒を飲む。
そして店を出てから新橋を通り白川沿いを歩く。
四条大橋を渡り、先斗町経由で蛸薬師通りにある「すみれ寿司」へ。
「すみれ寿司」の大将は、私の親友の高橋秋水くんである。
ここは相変わらずいいものを出してくれる。
しかし、大将とエミのせいで終電を逃してしまった。
店にある酒の銘柄すべてを飲むエミと私。
けっきょく朝五時まで飲んで始発で帰ることになる。
もちろんエミをこの日も放置したまま。
「あいつはいつもやから」と大将に同情されるエミ。
このあと私は始発電車で寝過ごし大阪まで行き、さらに降りる駅を間違えるなどして家に着くまで二時間半もかかったのであった。
三日目、エミは酒臭い車内でこの日も目を覚ます。
エミはひとりで伏見稲荷大社にお参り。
エミは門前でお土産に稲荷寿司を買ってきてくれたのだが、スズメの焼き鳥にするかずいぶん迷ったらしい。
このあたりの選択はエミらしいが、けっきょくスズメの焼き鳥はエミだけが食べたらしい。
スズメの焼き鳥は私の大好物であるというのに、この飲兵衛女め。
夕方に合流し、上方温泉一休京都本館に行く。
この頃にはもう外は吹雪となっていたのである。
エミは雨女じゃなく、大荒れ女だ。
それからこの日は三時まで飲んでいた。
四日目、朝から昼過ぎまでエミと卓上旅行をする。
「あそこもいい、そこもいい」
「あそこも行きたい、そこも行きたい」
「あそこも行け、そこも行け」
「あそこも行く、そこも行く」
そんなことを言いながらダラダラ過ごす。
これではいけないと思い、観光をする。
石清水八幡宮、善法律寺、流れ橋、樟葉宮跡地など。
エミは流れ橋が気に入ったようだ。
そしてこの日も二時まで飲む。
五日目、いちおう最終日。
エミに乗せてもらい四国に行こうと考えていたが、仕事の都合で断念することに。
この日も卓上旅行が続いたが、昼をかなりまわってから出ることに。
その前に遅い昼食をともにする。
選んだ店は、京阪橋本駅前にある「洋食の店 やをりき」
ここは素晴らしい店である。
店内は昭和初期からほとんどそのままといった素晴らしい雰囲気であり、料理は昔ながらの手作り。
エミと私はチキンライスとヤキメシ、トンカツを頼み、私はビールを飲む。
ビールを味わう私に、おあずけのエミは一言、「オマエ殺すぞ」。
その後、おかみさんから店や橋本の歴史などの話をまったりと伺い、さらに時間の止まったような店内でダラダラと過ごす。
店を出たあとは元は遊郭である橋本の街並みを散策し、エミの車まで行く。
ここで別れるのだが、もちろんエミの車を見送ることはない。
「じゃあ」と言い私は帰ってきたのであった。
よく考えてみるとエミと会ったのは二回目だった。
そんなことをまったく気にもせず過ごした、緊張感のない五日間であった。
エミはそれから四国に向かった。
私の清らかな修行場である四国では、ヤツとは会いたくないものである。


